タイプライターに魅せられた女たち・第103回

メアリー・オール(12)

筆者:
2013年10月24日

1913年3月21日、ユニオン・タイプライター社は、業務を全て終了し、翌月4月1日、レミントン・タイプライター社に吸収合併されました。合併に際しオール女史は、「仕事の福音」(The Gospel of Work)と題する記事を、『Remington Notes』誌の1913年7月号に寄せています。

仕事の分野というものは、それこそ無数にあって、しかも変化に富むものなのです。しかし、私たち個々のやるべき仕事が、どの地方にあったとしても、私たちがその仕事を喜んでおこない、そして私たちの力の限りを尽くしたならば、私たちはその仕事をおこなうことに対して、必ずや非常な満足と幸福とを得ることになるでしょう。エマーソン(Ralph Waldo Emerson)の言葉にもあります。「上手にできたことに対する報いは、それができたということだ」

こなすべき仕事を上手におこなった際に起こる小さな賞賛の声に、私たちが満足や幸福を得るべきではない、という意味ではありません。不幸なことに上司たちは、部下たちに対し、欠点や短所ばかりをあげつらい、大事な褒め言葉をかけることは、まずめったにありません。しかし、そのような褒め言葉がなかったとしても、忙しかった一日の終わりに、私たちの良心の中から沸き起こる「よくできた」という小さな声が、私たちの満足の源であるべきなのです。

仕事における適所というものは、かなり漠然としていて、私たちの大半は、私たちの仕事は全く重要なものではない、あるいは、意味があるとしてもほんの少し、と感じていることでしょう。しかし、どんな仕事であっても「よくできた」ならば、その仕事には意味があるのです。これは間違いありません。そして、この地球のどこに私たちの特別な仕事があるとしても、大きな部分だとしても小さな部分だとしても、私たち一人一人にいるべき場所がある、ということを忘れてはいけません。

ユニオン・タイプライター社を吸収合併したレミントン・タイプライター社は、アメリカ国内のみならず、ヨーロッパや南アメリカ、そしてアジアにも販売網を広げていきました。世界に打って出ることで、ダブついた生産量と、ダブついたセールスマンとを、一気に解消する目算だったのです。その際、レミントン・タイプライター社は、各国ごとに異なるキー配列を試していました。たとえば、フランスやイタリア向けには、QとA、ZとWのキーを入れ替えた「AZERTY配列」のタイプライターを輸出しました。生産拠点はイリオンとシラキューズにありましたが、各国の事情に応じて、異なるキー配列のタイプライターを生産することで、タイプライター業界のトップブランドの座を、再び奪還しようとしていたのです。

AZERTY配列で、Mが旧位置の「Remington Visible Typewriter Model 10」

AZERTY配列で、Mが旧位置の「Remington Visible Typewriter Model 10」

メアリー・オール(13)に続く)

筆者プロフィール

安岡 孝一 ( やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

https://srad.jp/~yasuoka/journalで、断続的に「日記」を更新中。

編集部から

近代文明の進歩に大きな影響を与えた工業製品であるタイプライター。その改良の歴史をひもとく連載です。毎週木曜日の掲載です。とりあげる人物が女性の場合、タイトルは「タイプライターに魅せられた女たち」となります。