前3回(第17回・第18回・第19回)にわたって、フィンランドの国語教科書を用いて「問題解決方式の発問」について紹介してきた。前回で問題解決プロセスは完結したため、私としては「このシリーズはこれで終わり」と思っていたのだが、ある小学校の先生から「もう一つ残っているではないか」との指摘があった。たしかに残っている――。そこで今回は本当に完結させるため、最後の一問について説明することにしよう。しつこいようだが念のため素材文を再掲する(1)。
●物語「ちょうど35キロ」のあらすじ●
学校でバザーが開かれている。バザー会場に体重計があり、おじさんが呼びこみをやっている。料金1ユーロで体重を計測し、ちょうど35キロであれば賞品がもらえるとのこと。ユッシ少年の体重は36.5キロ、ラミ少年の体重は33.5キロで、いずれも賞品を獲得できない。そこでユッシは目的を告げぬまま、ラミにレモネードを1.5リットル飲ませる。わけのわからぬままラミはレモネードを飲み、体重計に乗る。ちょうど35キロ! みごと賞品を獲得する。レモネードを飲みすぎて気持ち悪くなったラミが受け取った賞品は、レモネード一箱だった。
最後の一問とは以下の通り。
この話を劇にしてみましょう。ラミの家にレモネードが届いてからのことも考えましょう。
「劇にしてみましょう」というのは、フィンランドの初等教育の国語(1~5年生)における定番の課題である(2)。単元の終わりに、必ずといっていいほど「劇にしてみましょう」という課題があるのだ。これについては、劇作家の平田オリザさんがしきりに感心していた(3)。平田さんが数えたところによると(律儀な御仁である)、全単元のうち3分の2が「劇にしてみましょう」で終わっているという。日本で演劇教育を推進されている平田さんにしてみれば、こういう国語教科書はさぞかしうらやましいに違いない。
読解教育の観点からしても「劇にしてみましょう」という課題には大きな意味がある。物語の場面や状況をよく把握し、登場人物のそれぞれについて深く理解していないと、演じることはできないからだ。
日本で「『劇にしてみましょう』をやりましょう」と言うと、「とても時間が足りません」という答えが返ってくる。配役を決めて~/シナリオを作って~/それを覚えて~/練習を重ねて~/全員が発表に参加して~というのに、膨大な時間がかかるというのだ。
一方、フィンランドでは、こういう活動にはぜんぜん時間がかからない。4~5人のグループで演じるとしても、15分あれば充分である。それはフィンランドのクラス全体の人数が少ないからではない。30人でも40人でも、15分あれば充分なのである。
フィンランドの国語教育の発想からすると、物語の流れを大づかみに把握した上で、即興的に演じることを重視するため、シナリオを用意して~/それを覚えて~/練習を重ねて~ということにはならない。だから、この課題を実施する場合には、「4分で配役を決めて練習、1分で実演!」という指示を与えるのが一般的である。これなら、児童が30人いようが40人いようが、15分もあれば全グループが演じられるだろう。
この課題では「レモネードがラミの家に届いてからのことも考えましょう」となっており、物語の続きを自分たちで創作しなければならない。ただ、創作といっても、それまでの話の流れにそったものでなければならないから、読解教育の「推論」としての要素が強い。それまでの話の流れを手がかりにして、物語の続きを推論するのである。そして、この「推論」と「創作」も含めて、「4分で配役を決めて練習」なのである。
もちろん「4分で決めて練習、1分で実演!」というやりかたでは、演劇としてはヘタクソなものにならざるをえない。だが、限られた時間内にグループ全員で合意形成し、その決定に基づいて全員で行動するというところに、この課題の最大の目的があるのだ。
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(1) 『フィンランド国語教科書 小学3年生』pp80-81 メルヴィ・バレ他著/北川達夫訳/経済界 2006年
(2) 教科書にもよるが、6年生以上では演劇教育は原則として別単元になる。
(3) 『ニッポンには対話がない』pp44-45 北川達夫・平田オリザ著/三省堂 2008年