タイプライターに魅せられた男たち・補遺

広告の中のタイプライター(44):Hammond No.1

筆者:
2018年11月8日
『Stenography』1886年11月号
『Stenography』1886年11月号

「Hammond No.1」は、ハモンド(James Bartlett Hammond)率いるハモンド・タイプライター社が、1884年に発売したタイプ・シャトル式タイプライターです。タイプ・シャトル式タイプライターはハモンドの特許で、中央の円筒内部に組み込まれたタイプ・シャトル(上の広告では「Type wheel」となっています)と呼ばれる2枚の活字板が、印字をおこなう機構です。それぞれのタイプ・シャトルには、15行×3列=45字の活字が埋め込まれています。すなわち、2枚のタイプ・シャトルに、合計90種類の活字が埋め込まれているわけです。通常のタイプ・シャトルでは、上の列に英小文字が、真ん中の列に英大文字が、下の列に数字や記号が埋め込まれています。ただし、上の広告に「CHANGEABLE TYPE」とあるように、タイプ・シャトルは簡単に交換可能であり、したがって、印字する文字を簡単に変更できる、というのが「Hammond No.1」の特長でした。

「Hammond No.1」キーボードは、キーが同心円状に2段の配列となっています。基本的なキー配列は、上段が、左から順にzqjbpfd、「CAP.」キーと「FIG.」キーを挟んでthrsuwvと並んでいます。下段は、左から順に?xkgmcl,、「SPACES」を挟んで.aeiony:と並んでいます。各キーを押すと、対応するタイプ・シャトルが紙の方へと回転移動し、紙の背面からハンマーが打ち込まれることで、紙の前面に印字がおこなわれます。「CAP.」キーを押すと、タイプ・シャトルが少し上がって、真ん中の列の活字(英大文字)が印字されるようになります。「FIG.」キーを押すと、タイプ・シャトルがさらに上がって、下の列の活字(数字や記号)が印字されるようになります。これにより、90種類の文字を打ち分けることができるのです。さらに、文章の途中ででもタイプ・シャトルを交換することで、様々な文字を印字することが出来るようになっていました。

「Hammond No.1」は、紙の背面からハンマーを打ち込む機構だったため、分厚い紙には印字できないという弱点を抱えていました。それを少しでも補うために、「Hammond No.1」のハンマーには、半円形のベルのような重りがついていましたが、それでも印字は薄くなりがちで、複数のカーボン・コピーを必要とする事務には不向きだったようです。また、印字直後の文字は円筒の陰になっていて見ることができず、何文字か打った後で円筒の左側に現れてくる、という点も「Hammond No.1」の弱点でした。しかしながら、タイプ・シャトルを交換することで、他の言語やキー配列にも簡単に対応できる、という強みがあり、そこそこのシェアを「Hammond No.1」は獲得していたようです。

筆者プロフィール

安岡 孝一 ( やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

https://srad.jp/~yasuoka/journalで、断続的に「日記」を更新中。