タイプライターに魅せられた男たち・補遺

広告の中のタイプライター(58):National Typewriter

筆者:
2019年6月6日
『Sibley Journal of Engineering』1893年6月号
『Sibley Journal of Engineering』1893年6月号

「National Typewriter」は、ウンズ(Henry Harmon Unz)率いるナショナル・タイプライター社が、1889年に発売したタイプライターです。「National Typewriter」は、ワーグナー(Franz Xavier Wagner)が発明したダブル・シフト機構を、さらに改良した形で搭載しており、27個のキーで81種類の文字を打ち分けることができました。

「National Typewriter」は、27キーのアップストライク式・タイプライターです。27本の活字棒(type bar)は、プラテンの下の手前側に四分円形に配置されていて、キーボードの各キーにそれぞれ対応しています。各キーを押すと、対応する活字棒が跳ね上がってきて、プラテンの下に置かれた紙の下側に印字がおこなわれます。プラテンの下の印字面は、そのままの状態ではオペレータからは見えず、プラテンを持ち上げるか、あるいは数行分改行してから、やっと印字結果を見ることができるのです。活字棒の先には、それぞれ3種類の活字が埋め込まれており、通常の状態では小文字が印字されます。キーボード左端の「UPPER CASE」キーあるいは「FIGS PUNC'T MARKS」キーを押すと、活字棒の印字位置が前後することで、それぞれ、大文字あるいは数字・記号が印字されるようになります。

「National Typewriter」のキーボードは微妙なカーブを描いていますが、キー配列はいわゆるQWERTY配列です。上の広告のモデルでは、キーボードの上段は、左端に「FIGS PUNC'T MARKS」キーがあって、小文字側にqwertyuiopが、大文字側にQWERTYUIOPが、記号側に1234567890が並んでいます。中段は、左端に「UPPER CASE」キーがあって、小文字側にasdfghjklが、大文字側にASDFGHJKLが、記号側に"#$&%_':;が並んでいます。下段は、小文字側にzxcvbnm,が、大文字側にZXCVBNM.が、記号側に½¼¾()/α?が並んでいます。

発売当初の「National Typewriter」には、スペースバーが小さなモデル(下の広告)も存在していました。ただ、これでは、さすがにスペースバーが打ちにくかったのか、スペースバーを大きくするような改良がおこなわれ、そちらが代表的なモデルとなったようです。

『Phonographic World』1891年11月号
『Phonographic World』1891年11月号

筆者プロフィール

安岡 孝一 ( やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

https://srad.jp/~yasuoka/journalで、断続的に「日記」を更新中。