タイプライターに魅せられた男たち・第185回

山下芳太郎(40)

筆者:
2015年6月11日

1922年12月27日、山下は、ホワイト・スター・ラインのマジェスティック号でサザンプトン港を出帆、大西洋上で1923年の元旦を迎え、1月4日、ニューヨーク港のエリス島に上陸しました。山下にとって、5年ぶりのニューヨークです。ニューヨークで山下は、まず、日本総領事館と住友銀行紐育支店に立ち寄り、その上で、アンダーウッド・タイプライター社のスティックネー(Burnham Coos Stickney)を訪ねました。

スティックネーは、星野との約束どおり、すでにカタカナ活字の設計に着手していて、あらかたの活字デザインは完成しつつありました。ただ、カタカナには判別の難しいものがあり、これらをどうデザインすべきかは、スティックネーもいいアイデアがなく、かなり苦慮していました。たとえば、ソとリとンです。リをやや縦長にデザインするとしても、ソとンは1画目の縦横だけでは、十分に区別がつきません。これに対して山下は、画の頭に小さな丸を付けるというアイデアを提案しました。シとノにも同様のアイデアを適用しました。一方、ニとミに対しては、漢数字の二三と見分けるために、デザイン上の工夫として小さな丸を付けることにしました。

アンダーウッド式カタカナ活字

アンダーウッド式カタカナ活字

こうして、山下とスティックネーは、カナタイプライターに取り付ける活字の設計を終えたものの、このカナ活字をニューヨークやハートフォードで量産するのは難しい、というのがスティックネーの意見でした。山下は、このデザインにもとづく活字母型を日本で製作し、それをアンダーウッド・タイプライター社に送ることを約束しました。一方、キー配列に関しては、山下とスティックネーは、様々な点で対立しました。44ないし46キーでの設計を主張するスティックネーに対して、山下はあくまで42キーにこだわったのです。42キーでは、小書きのカナを覚えやすく収録するのは無理だ、と主張するスティックネーに対し、アイウエオを右下に集めれば可能になる、と山下は反論し、実際のキー配列案まで示しました。

山下がスティックネーに示した42キー配列案

山下がスティックネーに示した42キー配列案

ヰやを捨ててまで、なぜ42キーにそこまで拘泥するのか、と、訝しむスティックネーに対し、山下は、「Remington Portable」が42キーであり、それに合わせてキー配列を設計したいのだ、と答えました。さらには、「Corona 3」のような3段シフト28キーのタイプライターも視野に入れるなら、収録文字数を84字にして、2段シフト42キーと3段シフト28キーのキー配列を、互いに関係づけて設計すべきだ、と山下は考えていたのです。

山下芳太郎(41)に続く)

筆者プロフィール

安岡 孝一 ( やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

https://srad.jp/~yasuoka/journalで、断続的に「日記」を更新中。

編集部から

近代文明の進歩に大きな影響を与えた工業製品であるタイプライター。その改良の歴史をひもとく連載です。毎週木曜日の掲載です。とりあげる人物が女性の場合、タイトルは「タイプライターに魅せられた女たち」となります。