ネット座談会「ことばとキャラ」

第3回 定延 利之さん

筆者:
2016年7月19日

【発言者】定延利之

瀬沼さん,さっそくありがとうございます。いただいたお返事はよく考えてみたいと思います。今回は私の方はコミュニケーションというより文法の方面に目を向けてみます。

私がキャラということを考え始めてようやく目に入ってきたのは,金水さんが「キャラ語尾」と仰っているものの中に,終助詞の後に現れるものがあるということです。たとえば次の(1)(2)(3)の「ぴょーん」「ぷぅ」「にょろ」がそれに当たります。(いずれも最終確認日は2016年7月1日。以下も同様。)

(1) 吊られたら怖いLWは今すぐ出るんだよぴょーん

[//ruru-jinro.net/log4/log352865.html]

(2) おにぃ頑張ってねぷぅ!

[//summ0ners.com/archives/39539483.html]

(3) 「オマエ,何者にょろ? 曲者だなにょろ!」 勝手に肩に乗っては首に巻きつく蛇もどきに,フウと大きく溜め息をついた。 「何で黙っているんだにょろ? 言いたい事は何かないのかにょろ?」

[https://sp.estar.jp/series/18832/episode/226947]

終助詞というのは文の終わりに現れる,文字どおり「終」助詞だったはずなのですが,(1)の「ぴょーん」は終助詞「よ」の後に現れています。同じく(2)の「ぷぅ」は終助詞「ね」の後に現れており,(3)の「にょろ」は終助詞「な」や「か」の後に現れています。(3)には「にょろ」が4回現れていますが,最初の「何者にょろ」の「にょろ」はコピュラ(「何者だ」の「だ」など)に近い意味にもなっているようです。この点は金田さんの論文がありましたね。

アラテの終助詞か,とも考えてみたのですが,結局その考えは断念しました。ふつう終助詞と言えば話し手の態度を表す,ごく限られたことばであるのに対して,上の「ぴょーん」「ぷぅ」「にょろ」は多かれ少なかれ,話し手の(遊びの場でのかりそめのものとはいえ)アイデンティティというか,キャラを表していそうで,それに,いろいろ作れるからです。こんなのないだろうと思いつつ検索すると意外に出てきます。次の(4)は「みょん」の例です。

(4) 「いい加減にするみょん! このカタナで首切られても良いのかみょん!?」

[//www.kakiko.cc/novel/novel7/index.cgi?mode=view&no=30145]

それで,文法研究の中でいままで想定されていなかったことばかもしれないと思うようになり,私はこういうものをとりあえず「キャラ助詞」と呼んでいます。次の(5)の「きょ」のように,キャラ助詞は終助詞と共起せずに単独で現れることもあります。

(5) きょっちゃんは 足がちょっと曲がっているきゃら リハビリしてるんだきょ。

[//blog.goo.ne.jp/mm_family]

もちろん,キャラ助詞は「所詮,ネットの中のふざけたことば」として片付けてしまうこともできるでしょう。それでいいのかもしれません。が,現代言語学が「偏見を捨てて事実を直視する」というところから始まっているのだとすれば,「ネットの中のふざけたことば」つまりキャラ助詞が,なぜ文の末端(終助詞があればその後ろ)を狙って繰り出されてくるのか,考えてみてもいいだろうと私は思っています。終助詞の後ろに別のことばが現れ得るということを受け入れられる文法理論は,私の知るかぎり無いようなので,なおさらそう思っています。

キャラ助詞と似たものが方言に見られるということについては,私も少し触れているのですが(本編第20回),門外漢なだけに,はっきりしたことは何も言えずにいます。友定さん,お助けいただけますでしょうか。

筆者プロフィール

定延 利之 ( さだのぶ・としゆき)

神戸大学大学院国際文化学研究科教授。博士(文学)。
専攻は言語学・コミュニケーション論。「人物像に応じた音声文法」の研究や「日本語・英語・中国語の対照に基づく、日本語の音声言語の教育に役立つ基礎資料の作成」などを行う。
著書に『認知言語論』(大修館書店、2000)、『ささやく恋人、りきむレポーター――口の中の文化』(岩波書店、2005)、『日本語不思議図鑑』(大修館書店、2006)、『煩悩の文法――体験を語りたがる人びとの欲望が日本語の文法システムをゆさぶる話』(ちくま新書、2008)などがある。

最新刊『煩悩の文法』(ちくま新書)

編集部から

新企画「ことばとキャラ」は,金田純平さん(国立民族学博物館),金水敏さん(大阪大学),宿利由希子さん(神戸大学院生),定延利之さん(神戸大学),瀬沼文彰さん(西武文理大学),友定賢治さん(県立広島大学),西田隆政さん(甲南女子大学),アンドレイ・ベケシュ(Andrej Bekeš)さん(リュブリャナ大学)の8人によるネット座談会。それぞれの「ことばとキャラ」研究の立場から,ざっくばらんにご発言いただきます。