人名用漢字の新字旧字

第22回「祇」と「祇」

筆者:
2008年10月23日

旧字の「」(示へんに氏)は人名用漢字なので、子供の名づけに使うことができます。新字の「」(ネへんに氏)は、子供の名づけに使えません。旧字の「」は出生届に書いてOKですが、新字の「」はダメ。「福」と「福」の場合とは、かなり違いますね。実は、「」と「」がこうなってしまった背景には、国語審議会と漢字コード規格と人名用漢字の不思議な連携プレーがあったのです。

平成12年12月8日、国語審議会は表外漢字字体表を答申しました。表外漢字字体表は、常用漢字(および当時の人名用漢字)以外の漢字に対して、印刷に用いる字体のよりどころを示したもので、1022字の印刷標準字体が収録されていました。この中に、旧字の「」が含まれていました。印刷物には新字の「」ではなく、旧字の「」を用いる方が望ましい、と、国語審議会は文部大臣に答申したのです。

しかし、現代の印刷物は、その大半がコンピュータを使って作られています。コンピュータの漢字を変えなければ、表外漢字字体表の精神は活かされません。文化庁は経済産業省にアプローチし、JISの漢字コード規格に表外漢字字体表を反映させるよう、はたらきかけました。当時最新の漢字コード規格JIS X 0213 (平成12年1月20日制定)には、第1水準漢字に新字の「」が掲載されていました。これを旧字の「」に変えるよう、はたらきかけたのです。漢字コード規格に表外漢字字体表を反映すべく、経済産業省は平成13年5月22日、日本規格協会情報技術標準化研究センターのもとでJCS委員会を発足させました。JCS委員会はJIS X 0213に対し、168字の字形変更と10字の漢字追加を決定し、それにもとづいて、平成16年2月20日にJIS X 0213は改正されました。改正後のJIS X 0213には、新字の「」の代わりに、旧字の「」が掲載されていました。

平成16年3月26日に法制審議会のもとで発足した人名用漢字部会は、1ヶ月前に改正されたばかりのJIS X 0213、文化庁が表外漢字字体表のためにおこなった漢字出現頻度数調査(平成12年3月)、全国の出生届窓口で平成2年以降に不受理とされた漢字、の3つをもとに審議をおこないました。旧字の「」は、JIS X 0213の第1水準漢字で、出現頻度数調査の結果が983回でしたから、文句なしに人名用漢字の追加候補となりました。一方、新字の「」は、JIS X 0213には掲載されていなかったので、審議の対象にすらなりませんでした。平成16年8月25日、人名用漢字部会は追加候補488字を選定し、法制審議会に報告しました。この488字の中に、旧字の「」は含まれていましたが、新字の「」は含まれていませんでした。

平成16年9月27日、戸籍法施行規則は改正され、これら追加候補488字は全て人名用漢字になりました。旧字の「」は人名用漢字になりましたが、新字の「」は人名用漢字になれませんでした。それが現在も続いていて、旧字の「」は出生届に書いてOKですが、新字の「」はダメなのです。

筆者プロフィール

安岡 孝一 ( やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター准教授。京都大学博士(工学)。JIS X 0213の制定および改正で委員を務め、その際に人名用漢字の新字旧字を徹底調査するハメになった。著書に『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字コードの世界』(東京電機大学出版局)、『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

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