今週のことわざ

(いし)に漱(くちすす)ぎ流(なが)れに枕(まくら)

2007年10月15日

出典

晋書(しんじょ)・孫楚(そんそ)

意味

負け惜しみの強いこと。また、強情を張ること。

原文

楚……、少時欲隠居、謂済曰、当石漱一レ流、誤云石枕一レ流。済曰、流非枕、石非漱。楚曰、所以枕一レ流、欲其耳。所以漱一レ石、欲其歯
〔楚(そ)……、少(わか)き時隠居せんと欲(ほっ)し、済(さい)に謂(い)いて曰(いわ)く、当(まさ)に石に枕(まくら)し流れに漱(くちすす)がんと欲すというべきを、誤りて石に漱ぎ流れに枕すと云(い)う。済曰く、流れは枕すべきに非(あら)ず、石は漱ぐべきに非ず、と。楚曰く、流れに枕する所以(ゆえん)は、その耳を洗わんと欲するなり。石に漱ぐ所以は、その歯を厲(みが)かんと欲するなり、と。〕

訳文

(西晋(せいしん)の孫楚(そんそ)は、呼び名を子荊(しけい)といい、才気・学問がたちまさっていた。)楚は若いとき隠遁(いんとん)して暮らしたいという希望をもっていた。宰相の王済(おうさい)に向かって、「わたくしは石を枕(まくら)とし、川のせせらぎで口をすすぐような、自然なままの暮らしをしたいと思っております。」と言おうとして、うっかり「石で口をすすぎ、流れに枕するような暮らしをしたいと思っております。」と言ってしまった。王済が「せせらぎは枕とすることができず、石は口をすすぐことのできるものではない。」とひやかすと、孫楚は、「せせらぎに枕するのは、俗事で汚れた耳を洗いたいからで、石で口をすすぐのは、歯を磨こうと思うからです。」と負け惜しみを言い、とうとう誤りを認めようとしなかった。

解説

同じ話は『世説新語(せせつしんご)』俳調(はいちょう)にみえる。少し文字の異同があるだけで、内容は全く同じである。当時は清談とよぶ、弁論・問答による人生観・宇宙観の討論が流行していたが、これもそうした風潮の一つの現れと考えることができる。「漱石枕流(そうせきちんりゅう)」もしくは「漱石(そうせき)」というのは、負け惜しみ・強情・こじつけ、などの意味に用いられる。夏目金之助(なつめきんのすけ)が漱石と号したのも、この故事に基づいている。負け惜しみが強く、世に受け入れられず、俗事を厭(いと)う、偏狭・孤高な性格・態度を、自負と自嘲(じちょう)をこめて、自ら名づけたものであろう。孫楚(そんそ)はこのような性格のため、なかなか世に出ることができず、王済(おうさい)だけが彼の真の知己であった。王済は、飛び抜けて豪奢(ごうしゃ)な生活と、それでいて人前で歯に衣(きぬ)着せぬ剛直な人柄で有名であったが、このため孫楚と気の合う点があったようである。王済が死んだとき、孫楚は彼の棺にすがって泣き、「生前あなたはわたくしの驢馬(ろば)の鳴きまねがうまいのをほめておられたから、今生の別れに一つやってみよう。」と言い、驢馬の鳴きまねをしてみせた。人々が笑うと、孫楚はにらみつけて、「このような立派な人が先だって、おまえたちのような奴(やつ)らが生き残るとは。」と言ったという。

類句

◆漱石枕流(そうせきちんりゅう)

筆者プロフィール

三省堂辞書編集部