人名用漢字の新字旧字

第7回「福」と「福」

筆者:
2008年3月20日

旧字の「福」は人名用漢字なので、子供の名づけに使うことができます。新字の「福」は常用漢字なので、やはり子供の名づけに使えます。つまり「福」も「福」も、どちらも出生届に書いてOK。実は「福」と「福」は、新字旧字の関係ではなく、もともと単なる書体の差に過ぎなかったのですが、ここではあえて、「福」を新字、「福」を旧字と呼ぶことにしましょう。

昭和21年11月5日、国語審議会は文部大臣に当用漢字表を答申しました。この時点の当用漢字表1850字は、手書きのガリ版刷りでしたが、しめすへんは全て「示」の形になっており、旧字の「福」が収録されていました。翌週11月16日に内閣告示された当用漢字表も、旧字の「福」でした。昭和23年1月1日の戸籍法改正で、子供の名づけに使える漢字は、この時点の当用漢字表1850字に制限され、旧字の「福」が子供の名づけに使ってよい漢字になりました。

さらに国語審議会は、昭和22年12月から昭和23年5月にかけて、字体整理に関する主査委員会を組織しました。この主査委員会で、議論となったものの一つに、しめすへんがありました。当時の明朝体活字において、しめすへんは「示」の形で作られていました。「福」も同様です。ところが、国定教科書は楷書体で書かれており、そこでのしめすへんは多くが「ネ」の形でした。つまり、明朝体活字は「福」なのに、教科書は「福」だったわけです。字体整理に関する主査委員会は、この問題に対する解決策として、明朝体活字を、できるだけ楷書体に近づけたい、と考えたのです。

昭和23年6月1日、国語審議会は文部大臣に当用漢字字体表を答申しました。当用漢字字体表は、活字字体の標準となる形を、手書きで示したものでした。しめすへんは全て「ネ」の形になっており、新字の「福」が収録されていました。当用漢字字体表の内閣告示(昭和24年4月28日)を受けて、法務府民事局は昭和24年6月29日、当用漢字表に加えて当用漢字字体表も子供の名づけに使ってよい、と回答しました。旧字の「福」も新字の「福」も、どちらも出生届に書いてOKとなったのです。

昭和56年3月23日、国語審議会は文部大臣に常用漢字表を答申します。これを受けて民事行政審議会は、常用漢字表のカッコ書きの旧字355字のうち、当用漢字表に収録されていた旧字195字だけを、子供の名づけに認めることにしました。 常用漢字表の「福」には、カッコ書きで「福」が添えられていましたので、常用漢字表の内閣告示(昭和56年10月1日)と同時に、旧字の「福」は人名用漢字となりました。この結果、現在に至っても、新字の「福」と旧字の「福」の両方が、子供の名づけに使えるのです。

筆者プロフィール

安岡 孝一 ( やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター准教授。京都大学博士(工学)。JIS X 0213の制定および改正で委員を務め、その際に人名用漢字の新字旧字を徹底調査するハメになった。著書に『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字コードの世界』(東京電機大学出版局)、『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

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