英語辞書攻略ガイド

(13) 英語辞書の将来と利用者の役割 (1)

筆者:
2008年9月12日

連載のまとめとして,今までにお話ししたことをふまえながら,これからの英語辞書はどうなっていくのか,また,辞書利用者である私たちは英語辞書とどのように向き合っていくべきかについて,2回に分けて私見も交えながらお話ししたいと思います。

これからは,冊子辞書が再評価される時代!

「これからの辞書」というと電子辞書を思い浮かべる人が多いかもしれません。たしかに,ここ数年の電子辞書の急速な進化は目を見張るものがあり,とくに教員や研究者は,分厚い大型辞書を肌身離さず持ち歩けるようになったことで,大きな恩恵を受けているのも事実です。しかし,学習者,それも中学や高校で英語を学んでいる人にとっての「文房具」として考えたとき,最近の電子辞書の進化は本当に手放しで喜べることなのでしょうか?

モデルチェンジのたびにコンテンツ数が増え,よく使う辞書が逆に引きにくくなったり,動作が重くなったりと,電子辞書の使い勝手にはまだまだ課題が山積しています。収録語数の多い辞書を搭載することが優先され,英語が苦手な学習者でも使いこなせる初級,中級レベルの学習辞典が搭載されている機種が少ないのも,学校現場での電子辞書の弊害と言えます。

一方,冊子辞書は,そんな電子辞書の進化を横目で見ながら,虎視眈々と進化を続けています。オールカラー化,ウェブ版の無料提供,囲み記事や付録の拡充など,とくに電子辞書化されていない冊子辞書は,ここ数年で急速に発展を遂げました。電子辞書の進化が一段落した今だからこそ,冊子辞書の良さをもう一度見直す時期に来ていると言っても過言ではありません。

「情報量の制約」こそが冊子辞書のメリット

電子辞書と比較した冊子辞書のデメリットとしてよく言われることに,冊子辞書は製本上の制約のため,収録情報量に限りがあるということがあります。たしかに,収録項目数何百万という,オンライン専用辞書のような芸当は冊子辞書には真似できませんが,むしろこのことが冊子辞書の良さであると言えるのではないでしょうか。コーパスが普及した今なら,昔の辞書と違い,情報量を増やすこと自体は比較的容易です。だからこそ,物理的に情報量を精選せざるをえない冊子辞書に存在意義があると言えます。

Googleで検索し,何百件,何千件というヒットがあっても,ほとんどの人は最初の数件,数十件しか見ないでしょう。同様に,せっかく情報量の多い辞書が搭載されていても,多くの学習者は上位語義の訳語をざっと見るだけで終わらせているのが現状です。使用域が限定される俗語や専門用語まで網羅した専門家向けの辞書を,電子辞書に入っているからというだけで常用し,情報が多すぎて難しく感じる英語学習者は多くいますが,このような学習者にこそ,情報を精選した初級,中級レベルの冊子学習辞書を手にとってほしいと思います。

情報を増やす以上に減らす勇気を

辞書の情報を精選するにあたっては,辞書執筆者,編集者は,類書に載っている単語だからと無批判に追加収録するのでなく,コーパスの出現頻度などをもとに,必要ないと判断した語や語義を積極的に削除することも必要になります。分量の制約の中で,新語,新語義を収録しつつ,学習辞典として必要ないと判断した語を削らないといけないというジレンマは,辞書に携わる者なら誰もが経験することだと思います。私も,『ウィズダム英和辞典』の改訂作業に携わった際,一番苦労したのが,旧版に収録されている語をコーパスなどで精査し,そのまま載せるべきか否かを判断する作業でした。

「収録語数至上主義」に陥りがちな辞書業界の中で,せっかく収録されている情報を削るというのは相当の勇気がいりますが,「利用者にとっての使い勝手という点では,必要以上に情報が多いことはマイナスになりうる」「闇雲に収録情報量を増やすことは機械でもできるが,収録の是非を吟味し,不要と判断した情報を削ることは生身の人間しかできない」ということを,私を含め,辞書に携わる者は常に頭に入れておく必要があるのではないでしょうか。

辞書が改訂されると,必ず追加語,語義の例が紹介されますが,逆に旧版から削除された語が公表されることはまずありません。しかし,先にもふれたように,最新のデータをもとに既存の情報を吟味し,必要に応じて削るということは,辞書執筆者の「匠」としての腕の見せ所であり,毎日のように新語が追加されるオンライン辞書が決して真似できない,冊子辞書ならではの特徴と言えます。これからの冊子辞書は,新規収録された情報量に加え,収録を取りやめた情報量も競い合う時代になることが望まれます。

次回は,主に利用者,英語教員の立場から,辞書指導,辞書批評のあり方について考えてみたいと思います。

筆者プロフィール

関山 健治 ( せきやま・けんじ)

1970年愛知県生まれ。南山大学大学院外国語学研究科英語教育専攻修士課程修了(応用言語学),愛知淑徳大学大学院文学研究科英文学専攻満期退学(英語辞書学・語用論)。現在,沖縄大学法経学部准教授。

著書に『辞書からはじめる英語学習』(2007,小学館),『ウィズダム英和辞典第2版』(共同執筆,三省堂,2006),訳書に『英語辞書学への招待』(共訳,大修館書店,2004),『コーパス語彙意味論』(共訳,研究社,2006)などがある。

編集部から

新学期にあたり,英語辞書界にこの人ありと言われる関山健治先生に,英語の辞書に関する有益な情報を短期集中連載していただきます。