地域語の経済と社会 ―方言みやげ・グッズとその周辺―

第25回 大橋敦夫さん:ずら―長野・山梨・静岡を結ぶきずな

筆者:
2008年11月29日

日本方言学の母・東条操氏の方言区画によると、長野県のことばは、本土方言のうちの東部方言に分類されます。さらにその中に東海・東山方言というまとまりがあり、お仲間の山梨県・静岡県の頭文字をとって、「ナヤシ方言(ヤナシ方言とも)」と呼ばれることがあります。

その3県で共通して用いられる語として、推量の意味を表す「ずら〔=だろう〕」があります。

長野県の北部では、あまり使われませんが、山梨県と接している東部や静岡県に近くなる中部・南部では、よく使われます。

商品の命名にも使用され、「いいずら」(清酒/大町市、写真参照)、「うめえずら」(浅漬けの素/岡谷市)などと親しまれています。

【清酒 いいずら】
【清酒 いいずら】

諏訪湖周辺は、戦国期の武田勝頼(母が、諏訪頼重の娘)に象徴されるように、何かと甲州とつながりの深い地域です。

町を歩けば、「武田屋敷」という看板を掲げた居酒屋があったり、市立図書館の郷土資料の棚には、山梨の郷土資料の基本文献を網羅した「甲斐叢書」が鎮座していたりします。また、土産物店の食材コーナーには、山梨の名物「ほうとう」がデンと並び、信州ソバの肩身が狭い感じもします。

かつて製糸業が盛んだった時代も、女工さんたちは、飛驒側の野麦峠からよりも、山梨県の大月方面からたくさんやってきたそうです。

山梨の話題で力んでしまいましたが、「ずら」が身近にある信州人にとっては、静岡のちゃっきり節「きゃアる〔=蛙〕が啼くんで雨づらよ」の一節もまた、とても親近感のあるものです。

筆者プロフィール

言語経済学研究会 The Society for Econolinguistics

井上史雄,大橋敦夫,田中宣廣,日高貢一郎,山下暁美(五十音順)の5名。日本各地また世界各国における言語の商業的利用や拡張活用について調査分析し,言語経済学の構築と理論発展を進めている。

(言語経済学や当研究会については,このシリーズの第1回後半部をご参照ください)

 

  • 大橋 敦夫(おおはし・あつお)

上田女子短期大学総合文化学科教授。上智大学国文学科、同大学院国文学博士課程単位取得退学。
専攻は国語史。近代日本語の歴史に興味を持ち、「外から見た日本語」の特質をテーマに、日本語教育に取り組む。共著に『新版文章構成法』(東海大学出版会)、監修したものに『3日でわかる古典文学』(ダイヤモンド社)、『今さら聞けない! 正しい日本語の使い方【総まとめ編】』(永岡書店)がある。

大橋敦夫先生監修の本

編集部から

皆さんもどこかで見たことがあるであろう、方言の書かれた湯のみ茶碗やのれんや手ぬぐい……。方言もあまり聞かれなくなってきた(と多くの方が思っている)昨今、それらは味のあるもの、懐かしいにおいがするものとして受け取られているのではないでしょうか。

方言みやげやグッズから見えてくる、「地域語の経済と社会」とは。方言研究の第一線でご活躍中の先生方によるリレー連載です。