クラウン独和辞典 ―編集こぼれ話―

35 ドイツ語名詞の複数形

筆者:
2009年1月19日

英語と比べてドイツ語の単語は語形変化が多く、学習者にとって大きな負担となっている。特に名詞に関しては、格変化や性の区別(男性名詞・中性名詞・女性名詞)がある上に、複数形の作り方もいろいろあって、わかりにくい。英語にも不規則な複数形はある(たとえば ox / oxen)が、そのような特別な注意が必要な名詞複数形の数は非常に少ない。

ドイツ語の名詞複数形の学習に際しては、多くの教科書が、複数形形成の型を示している。教科書により多少の違いはあるが、語尾の違いによる以下のような5つの型が提示される場合が多い。

1 ゼロ型
(ウムラウトなし) (単)Onkel (複)Onkel [伯父・叔父]
(ウムラウトあり) (単)Vater (複)Väter [父]

2 -e 型
(ウムラウトなし) (単)Arm (複)Arme [腕]
(ウムラウトあり) (単)Ball (複)Bälle [ボール]

3 -er 型(ウムラウトが可能な場合はウムラウトあり)
(単)Kind (複)Kinder [子供]
(単)Haus (複)Häuser [家]

4 -(e)n 型 (単)Frau (複)Frauen [女性]

5 -s 型 (単)Auto (複)Autos [車]

しかし複数形形成の型を示されても、どの単語がどの型で複数形を作るのかは、簡単にはわからない。もちろんさまざまな複数形形成の型を知っておくことは有益だが、どの単語がどの型で複数形を作るのかがわからなければ、複数形から単数形を推測することも、自分で単数形から複数形を作ることもできない。学習者にとっては、このような型の提示には、どれほどの意味があるのだろうか。名詞を覚える際に、性の区別と複数形を同時に覚えなければならないことで、ドイツ語学習に絶望する人がいても不思議ではない。

しかし学習が進むと、実際には名詞の複数形形成には様々な規則があることがわかってくる。たとえば語源に関しては、外来語は -s 型での複数名詞形成が多いと言える。形態からわかるものとしては、-chen -lein のように縮小語尾のついた名詞は単複同型であるし、-e で終わる名詞の多くは(その多くが女性名詞なのだが)-n で複数形を形成する。このようなことがわかってくると、つまりドイツ語学習も中級程度になると、名詞の複数形に関して迷うことはあまりなくなる。

5つの型は出現頻度が大きく異なることもわかっている。何をどのように数えるべきなのか、いろいろな可能性があり、方法が違うと結果も大きく異なるので客観的な「出現頻度」を測定するのは意外に難しいのだが、ある統計によれば、-(e)n 型が45%程度と出現頻度が最も高く、次いで -e 型が25%程度、ゼロ型は15%程度で、-er 型と -s 型は非常に頻度が低い、という結果になっている。

性の区別まで考えた上で頻度表を検討すると、複数形の形成は「男性名詞と中性名詞は -e、女性名詞は -(e)n 」との予測が、確率が高いようだ。ただしこれは「規則」というわけではなく、あくまで「確率が高い」ということにすぎない。しかもこの「高い確率」は、基本語には当てはまらないことが多い。クラウン独和第4版の最重要語である2行見出し語を調べてみると、男性名詞では7割以上が -e 型だが、中性名詞では4割程度に過ぎない。女性名詞は8割程度が -(e)n 型だった。ただし数の上では少ないゼロ型や -er 型には、とてもよく使われる最重要語が多い。

結局、名詞の複数形に関するドイツ語学習者への説明としては、

「まず基本語の複数形を、個別に覚えなさい。学習が進めば、多くの場合、形や意味、語源などから複数形の見当が付くようになります。基本語以外については、男性名詞と中性名詞は -e、女性名詞は -(e)n の確率が高いと言えます。」

ということになるだろう。

筆者プロフィール

『クラウン独和辞典第4版』編修委員 重藤 実 ( しげとう・みのる)

東京大学大学院人文社会系研究科教授
専門はドイツ語学
『クラウン独和辞典第4版』編修委員

編集部から

『クラウン独和辞典』が刊行されました。

日本初、「新正書法」を本格的に取り入れた独和辞典です。編修委員の先生方に、ドイツ語学習やこの辞典に関するさまざまなエピソードを綴っていただきます。

(第4版刊行時に連載されたコラムです。現在は、第5版が発売されています。)