クラウン独和辞典 ―編集こぼれ話―

55 ドイツ料理の言葉(4)―「とろみ」2―

筆者:
2009年6月22日

妻にやり込められて悔しかったので、Stärkeの話を続けよう。

以前ドイツ人に鶏の唐揚を作ってやったら、ひどく気に入られ、作り方を説明させられた。本当は小麦粉ではなく、片栗粉で衣を作るのだと言いたかったが、その時片栗粉をドイツ語でどういうか知らなかった。小学校でやった実験を思い出しながら、生のジャガイモをすりおろして水に混ぜて一晩おけば採集できる白い粉なんてところから迂遠な説明をしていたら、さすがに勘の良い女性がいて、ああそれならStärke というのだと教えてくれた。ドイツのスーパーマーケットに並んでいるのを見たことがないと言ったら、製菓材料のところにあったらしい。

バイエルン名物で、日本人観光客が必ず食べさせられ、そんなにうまいものではないから必ず持てあます例のジャガイモ団子Knödelだが(慣れるとおいしさが分かってくる)、昔ながらの本格的な手作りのレシピを読むと、遠大な話で、用意したジャガイモの半量を前の晩からすりおろして水につけ、つなぎ用のデンプン粉Stärkeを取るところから始めている。日本のちらし寿司やオハギと同じことで、昔ながらのおふくろの味には手間暇がかかるということのようだ。

またドイツ菓子の本に詳しく説明されていないのだが、ロールケーキなどのやわらかいケーキ生地は、小麦粉Mehlとデンプン粉Stärkeをおおよそ半々で混ぜて作るものらしい。

これに対してソースのとろみをつける例のルーは、本来バターなどの油で小麦粉を炒めて焦げ色をつけることをいい、元になったフランス語のrouxはRougeと語源的に同じで、あの赤茶の色から来ている。これをドイツ語ではSchwitzeという。ちなみドイツ語では「赤い」ではなく、dunkelと呼ぶ。schwitzen(汗をかく、汗をかかせる)という動詞に、油で炒めて焦げ色をつけるという意味があって、そこから来たらしい。

これらのStärkeやSchwitzeは、Mondamin社が老舗で大手だが、Dr. OetkerやMaggiなどにも当然ある。このMondaminという社名は、北米原住民の言葉でトウモロコシ(の精)のことだそうで、デンプン粉が元来トウモロコシ粉であったところから社名に選ばれたようだ。しかし「お口くちゅくちゅモンダミン」とはどんな関係があるのか、不明である。

筆者プロフィール

『クラウン独和辞典第4版』編修委員 石井 正人 ( いしい・まさと)

千葉大学教授
専門はドイツ語史
『クラウン独和第4版』編修委員

編集部から

『クラウン独和辞典』が刊行されました。

日本初、「新正書法」を本格的に取り入れた独和辞典です。編修委員の先生方に、ドイツ語学習やこの辞典に関するさまざまなエピソードを綴っていただきます。

(第4版刊行時に連載されたコラムです。現在は、第5版が発売されています。)