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漢字の現在:「本気(マジ)」な「当て字」

2010年 11月 2日 火曜日 筆者: 笹原 宏之

漢字の現在 第69回 「本気(マジ)」な「当て字」

 前回まで、「まじめ」の表記について取り上げて検討してみた。それと語形が似ていて、語義にも関連性が感じられる語に「まじ」がある。比較的若い年齢層での会話などで、「まじムカつく」、「ウソ、まじで?」など口語として出てくるその語は、文字化される際には、どのような表記がなされるのだろうか。

 「まじ」は「まじめ」の短縮形だ、という有力な語源説とは別に、さまざまな語源解釈も一般に行われる。それは、多くの人に馴染み深い語となっていることの表れでもあるようだ。中には「まじめ」という語が、この「まじ」に「め」が付いたものと逆に解する学生もある。さらに、互いに全く別々の語だ、と思っている人も意外に多い。

 このことばは、現代の学生たちもよく使う。また、年配の方から耳にすることもなくはない。私は、この語が好きか嫌いかといえば、その響きやニュアンスが好きになれず、使うことはまずないのだが、研究者としてはその存在を認めないわけにはいかない。批難する向きもあるが、その場その場で相手や状況に適した言葉遣いができるのであれば、それは構わない、相互のコミュニケーションにとって摩擦がなく、逆に十分に円滑になるのならば否定するどころか、むしろ良いことなのでは、とも思っている。まして語や表記の現実を研究するうえでは、扱わなくてはならない素材だと考えている。

 「まじ」は、「まじめ」を省略することから生じた語であると考えられる。これは実は江戸時代のうちに起きており、230年ほど前の文献(洒落本『にゃんのことだ』 天明元年)以降、しばしば出現する。天明から寛政、享和頃に、江戸の遊里でもっぱら行われた語だという(『江戸時代語辞典』)。これは、江戸時代から本気(で)、という意味で使われ、楽屋言葉として残っていたものだったようだ。

 それが、1980年代ころから、テレビ番組で若手の男性タレントたちが連発するようになり、若者ことばとして盛んに使われ始めた。1970年代に水谷豊が歌詞で「マジナハナシ」と歌ったことについて、その作詞家の阿木燿子氏にうかがったところ、斜に構えた若い人が使っていたように思うとのことで、(宇崎竜童が使っていたわけではなく)水谷豊が「傷だらけの天使」で演じた亨(あきら)君が言うイメージをおもちであることを教えて下さった。

 表記としては、江戸時代から平仮名が多く、漢字では「不酔(まぢ・まじ)」「真地(まぢ)」と書かれた例があるにはあり、意味のとらえ方が漢字表記に現れているようだ。漢字の字義をどこまで意識したのか、字の発音だけを用いたのかは、こちらが解いていかなくてはならない。ともあれ、戦前まで、通常選ばれる表記は「まじ」であった。

 日本語は、漢字だけでなく、ひらがな、カタカナ、ローマ字なども表記に用いられるため、表音文字で書けばそれで済むはずだ。この「まじ」はもちろんのこと、「マジ」とも書かれる。前者は、しぶがき隊の曲名にもあった(1984)。後者は、『当て字・当て読み漢字表現辞典』(漢字の位置を確認するために仮名表記、ローマ字表記、記号による表記も収めた)に引いた例のほか、1982年の近藤真彦「ハイティーン・ブギ」(松本隆作詞)でもこの表記であった。今をときめくAKB48は、テレビでドラマ「マジすか学園」(2010)に主演し、その主題歌として「マジスカロックンロール」を歌っている。

 同じ仮名でも少し変えて、擬古的にすることで個性を発露させるためか、「まぢ」や「マヂ」とも、女子生徒らの間で、書かれることがある(歴史的仮名遣いには合っていない)。個性とは逆に、これを共有する自己の属するグループに埋没する意図もなくはなさそうだ。また何らかのキャラクターを演じることで、照れ隠しをしようとする意識も感じ取れることがある。

 しかし、やはり仮名では、「まじ」のもつ語勢や語義に匹敵しえず、しっかりと位置付けることができない、という不満が残った人もいたのであろう。このタイトルに用いたような漢字による、様々な当て字表記が模索されていくのである。(つづく)

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【編集部から】ついに『当て字・当て読み 漢字表現辞典』が刊行されました! その奥深さを、ほんのちょっと教えていただきたいと編集部がリクエストし、笹原先生に「漢字の現在」の特別編としてご執筆いただくこととなりました。まさに“漢字の現在”を映し出す『当て字・当て読み 漢字表現辞典』について、数回にわたって、その内容のご紹介や本文におさめきれなかった情報をつづっていただきます。

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【筆者プロフィール】

『国字の位相と展開』笹原宏之(ささはら・ひろゆき)
 早稲田大学 社会科学総合学術院 教授。博士(文学)。日本のことばと文字について、様々な方面から調査・考察を行う。早稲田大学 第一文学部(中国文学専修)を卒業、同大学院文学研究科を修了し、文化女子大学 専任講師、国立国語研究所 主任研究官などを務めた。経済産業省の「JIS漢字」、法務省の「人名用漢字」、文部科学省の「常用漢字」などの制定・改正に携わる。2007年度 金田一京助博士記念賞を受賞。著書に、『日本の漢字』(岩波新書)、『国字の位相と展開』(三省堂)『訓読みのはなし 漢字文化圏の中の日本語』(光文社新書)などがある。最新刊は2010年10月に発売、“漢字の現在”を映し出す『当て字・当て読み 漢字表現辞典』(三省堂)

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【編集部から】
漢字、特に国字についての体系的な研究をおこなっている笹原宏之先生から、身のまわりの「漢字」をめぐるあんなことやこんなことを「漢字の現在」と題してご紹介いただいております。前回は「「真面目」復権への道のり」でした。

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2010年 11月 2日