地域語の経済と社会 第175回 九州で信州弁の謎かけ
2011年 11月 5日 土曜日 筆者: 大橋 敦夫地域語の経済と社会―方言みやげ・グッズとその周辺―
第175回 九州で信州弁の謎かけ
この秋、観光立県をめざす長野県が福岡市を中心に大々的に信州観光のPRを行いました。そのアイテムの一つが福岡市地下鉄の車内釣り広告で使われたポスターです。
これをご覧になって、「おや?」と思われたら、製作者のねらい通りというものです。
「『誘い文句がくるべきところに、なぜ、否定の言い方をしているのだろう』との疑問を出発点に、信州に興味を持っていただきたいとの思いで、じっくり広告を見てもらえる時間のある電車内で、あえてひねった信州弁を使いました」とは、このポスターのコピーを考え出した担当者の方(長野県企画部企画課ブランド推進係)のお話です。
この一見、反対言葉のように感じられる表現ですが、長野県上田市あたりでは、「真田の逆さ言葉」と解説する場合があります。由来は、戦国時代にさかのぼります。甲斐の武田信玄の軍勢に攻め込まれた真田勢は、敵を混乱させるために、わざと反対の言い方をしたというのです。もっともらしい説明ですが、事実は、その当時の一般的な表現が少し形を変えて、使われているのです。
「行きましょう」という誘いかけを、当時は「行かうず」と言いましたが、その「う」が落ちた形で現在もつかわれ続けているわけで、「古語は方言に残る」の典型と言えます。なお、「ず」の語源については、平安朝古文にさかのぼり、「むとす」→「むず」→「んず」→「うず」→「ず」と変化したと考えられています。
ところで、武田信玄のお膝元・甲府市でも「行かず」を使っています。地元の方に、由来を尋ねると、これは「武田の逆さ言葉」といって、武田勢だけにわかるように、わざと反対の言葉を使ったのだと、上田市と同様の説明を受けることがあります。
いずれも、民間語源(言語学的な裏付けを伴わない語源解釈)ということになりますが、そこに込められた地域の人々の思いを読みとることが大切と思われます。
この点について、民間語源の語に変えて「当事者語源」という表現の使用を柴田武氏(言語学者)が提唱されています。
さらに、この一見「逆さ言葉」に見える勧誘表現は、『方言文法全国地図』(国立国語研究所刊)では、長野・山梨から静岡まで、東中部に連続的に分布しています。静岡では、どんな語源説明がなされているか、探りたいものです。
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【筆者プロフィール】
言語経済学研究会 The Society for Econolinguistics
井上史雄,大橋敦夫,田中宣廣,日高貢一郎,山下暁美(五十音順)の5名。日本各地また世界各国における言語の商業的利用や拡張活用について調査分析し,言語経済学の構築と理論発展を進めている。
(言語経済学や当研究会については,このシリーズの第1回後半部をご参照ください)
大橋敦夫(おおはし・あつお)
上田女子短期大学総合文化学科教授。上智大学国文学科、同大学院国文学博士課程単位取得退学。
専攻は国語史。近代日本語の歴史に興味を持ち、「外から見た日本語」の特質をテーマに、日本語教育に取り組む。共著に『新版文章構成法』(東海大学出版会)、監修したものに『3日でわかる古典文学』(ダイヤモンド社)、『今さら聞けない! 正しい日本語の使い方【総まとめ編】』(永岡書店)がある。
【編集部から】
皆さんもどこかで見たことがあるであろう、方言の書かれた湯のみ茶碗やのれんや手ぬぐい……。方言もあまり聞かれなくなってきた(と多くの方が思っている)昨今、それらは味のあるもの、懐かしいにおいがするものとして受け取られているのではないでしょうか。
方言みやげやグッズから見えてくる、「地域語の経済と社会」とは。方言研究の第一線でご活躍中の先生方によるリレー連載です。
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2011年 11月 5日







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