三省堂辞書の歩み

第1回 英和袖珍字彙・和英袖珍字彙

筆者:
2012年2月8日

英和袖珍字彙

明治17年(1884)3月刊行
西山義行編、露木精一訂正/本文638頁/四六半截判

『英和袖珍字彙』

【英和袖珍字彙】

『英和袖珍字彙』本文

【本文1ページめ】

『英和袖珍字彙』本文

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十字屋・開新堂・桃林堂の3社と共同で、三省堂が出版した最初の辞典。縦12cm余りの袖珍本ながら、約3万語を収録している。当時は、まだ日本語の文章を横に組むことが珍しく、横組みの外国語辞典では縦に組んだ日本語を横に倒す形式が普通だった(下記の引用では便宜上横組み)。また、漢字を使わずにカタカナだけで訳語を表記したのは、明治4年刊行の『浅解英和辞林』以来、小型英和辞典ではよく見られた。漢字を使う場合でも漢字・カタカナ交じり文が普通で、英和辞典がひらがな交じり文になるのは明治30年代のことである。

本書は、イギリス人のナットールがジョンソン英語辞書を学生用に小型化した辞典をもとにして、『附音挿図英和字彙』(日就社・明治6年・1873、明治20年に三省堂より翻刻出版)から熟語を補ったりしている。内容は簡素なものであるが、小型で収録語数が多かったため、増刷が間に合わなくなるほどの売れ行きだったという。明治16年に出版事業を始めてから3点目の出版物だった本書が三省堂の地歩を固めたのであった。

●最終項目

Zythum, s. シホトコムギヨリコシラヘタルノミモノ

●「猫」の項目

Cat, s. ネコ(ケモノ)

●「犬」の項目

Dog, s. イヌ(ケモノヽ)。ヒトヲイヤシムコトバ。ゴトク。カギナハ。ラウセイ(ホシノナ)

 A hunting dog. カリイヌ

 A wild dog. ノイヌ

 A fierce dog. タケキイヌ

 To givi to the dog. ウチステル  

 To go to the dog. ブンサンスル

「givi」は「give」の誤り

和英袖珍字彙

明治21年(1888)4月27日刊行
高橋五郎編/本文437頁/四六半截判

編者はヘボン編『和英語林集成』三版(明治19年・1886)の編纂を補佐した経験があり、本書の訳語はそれと共通するものが多い。見出しの日本語は、同じ意味の類語を省きつつも、他の和英辞典より活字を小さくして収録語数を増やす工夫がされている。なお、序文や凡例・奥付は縦組みだが、本の開き方に合わせて左から右へ行が並べてある。小型の和英辞典がまだ少なかった時期に、十字屋・開新堂などの5社と共同で出版した。

●最終項目

Zuzudama, ヅヅダマ, n. Job’s tears, coix lachryma.

●「猫」の項目

Neko, 猫, n. A cat.

●「犬」の項目

Inu, 犬, 狗, n. A dog. カリイヌ, a hound; イヌジニ, useless death.

◆辞書の本文をご覧になる方は

英和袖珍字彙:
近代デジタルライブラリーの『英和袖珍字彙』のページへ
明治学院大学図書館『英和袖珍字彙』のページへ(本文20頁まで)

和英袖珍字彙:
近代デジタルライブラリーの『和英袖珍字彙』のページへ
(※リンク先は開新堂の明治33年刊のもの)

◆『和英語林集成』については

ウェブ上では明治学院大学図書館『和英語林集成』デジタルアーカイブスや、近代デジタルライブラリー『和英語林集成』などがあります(※近代デジタルライブラリーでは2版の公開)。

筆者プロフィール

境田 稔信 ( さかいだ・としのぶ)

1959年千葉県生まれ。辞書研究家、フリー校正者、日本エディタースクール講師。
共著・共編に『明治期国語辞書大系』(大空社、1997~)、『タイポグラフィの基礎』(誠文堂新光社、2010)がある。

編集部から

昨年11月、三省堂創業130周年を記念し三省堂書店神保町本店にて開催した「三省堂 近代辞書の歴史展」では、たくさんの方からご来場いただきましたこと、企画に関わった側としてお礼申し上げます。期間限定、東京のみの開催でしたので、いらっしゃることができなかった方も多かったのではと思います。また、ご紹介できなかったものもございます。
そこで、このたび、三省堂の辞書の歩みをウェブ上でご覧いただく連載を始めることとしました。
ご執筆は、この方しかいません。
境田稔信さんから、毎月1冊(または1セット)ずつご紹介いただきます。
現在、実物を確認することが難しい資料のため、本文から、最終項目と「猫」「犬」の項目を引用していただくとともに、ウェブ上で本文を見ることができるものには、できるだけリンクを示すこととしました。辞書の世界をぜひお楽しみください。
毎月第2水曜日の公開を予定しております。