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「百学連環」を読む:真理への二つの関わり方

2012年 2月 10日 金曜日 筆者: 山本 貴光

第44回 真理への二つの関わり方

 前回見た「学」と「術」の区別の後に、再び英語の引用が現れます。次のような文章です。

Therefore science and art may be said to be investigations of truth, but science inquires for the sake of knowledge, art, for the sake of production, and science is more concerned with the higher truth, art with the lower.

(「百學連環」第6段落第2文)

 英文の左側には、例によってところどころ日本語が添えられているので、参考までにお示ししておきましょう。

investigations 穿鑿デ
truth 眞理
inquires for 望ムニ
sake 爲
production 生スル事
concerned 道理係ル

 訳します。

したがって、「サイエンス」と「アート」は真理の探究であると言えるだろう。しかし、「サイエンス」では、知識のために探究するのに対して、「アート」では制作のためにそうする。つまり、「サイエンス」はいっそう上位の真理に関わるものであり、「アート」は相対的に下位の真理に関わるものである。

 実は、私たちはこの文章をすでに一度見ています。第39回で、『ウェブスター英語辞典』(1913年版)の「SCIENCE」の同義語の説明を訳した際、そこにこの一文も含まれていたのでした。確認のため、もう一度引用しておきましょう。

「アート」は、実演における実行や技能にかかるものだ。「学では、知ルタメニ知リ、術では、ツクルタメニ知ル。したがって、「サイエンス」と「アート」は真理の探究であると言えるだろう。しかし、「サイエンス」では、知識のために探究するのに対して、「アート」では制作のためにそうする。つまり、「サイエンス」はいっそう上位の真理に関わるものであり、「アート」は相対的に下位の真理に関わるものである。また、「サイエンス」は、「アート」のように生産への応用にはけっして関わらない。したがって、「サイエンス」の最高に完全な状態とは、最も高度かつ正確な探究であろう。対する完璧な「アート」とは、最も適切かつ効果的な規則の体系であろう。アートとは、常に自らを規則という形にするものなのだ。」

カールスレイク

(『ウェブスター英語辞典』、1913年版、SCIENCEの同義語)

 これは『ウェブスター英語辞典』がカールスレイクの書物から引用した文章の一部でした。ラテン語交じりの文章については、すでに検討しましたが、西先生は「学では、知ルタメニ知リ、術では、ツクルタメニ知ル(In science, scimus ut sciamus, in art, scimus ut producamus.)」に続く文章も、続けて『ウェブスター英語辞典』を参照しているようです。

 この引用で言われていること自体は、これまで角度を変えながら確認してきた「学(science)」と「術(art)」の違いですので、重ねて解読するまでもないでしょう。注目しておきたいのは、サイエンスとアートが、「真理(truth)」に対する二つの関わり方として区別されているということです。

 次の段落も見ておきます。こう続きます。

學は則ち上への方へ穿鑿し遂けるを云ふなり。術は則ち之に反して下の方へ穿鑿し極むるを云ふなり。

(「百學連環」第7段落第1~2文)

 現代語に訳してみます。

「学」とは上の方へと綿密に調べ尽くすことである。「術」とは、それとは反対に、下の方へと綿密に調べ尽くすことである。

 お気づきかもしれませんが、この一文は、上で再引用した『ウェブスター英語辞典』の文章に含まれている「つまり、「サイエンス」はいっそう上位の真理に関わるものであり、「アート」は相対的に下位の真理に関わるものである」という部分に相当しています。ここは西先生が英文を訳して述べたのだと考えられます。

 それにしても「上の方(higher)」「下の方(lower)」という垂直方向の喩えには、どんな含意があるのでしょうか。「形而上」「形而下」といった対語も連想されます。とはいえ、ここを読んだだけでは「上下」という表現の含意は分かりません。この問いを念頭に置きながら、先へ進むことにしましょう。

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筆者プロフィール

山本貴光(やまもと・たかみつ)

『コンピュータのひみつ』(朝日出版社) ジマーマン+サレン『ルールズ・オブ・プレイ』(ソフトバンククリエイティブ)文筆家・ゲーム作家。
1994年から2004年までコーエーにてゲーム制作(企画/プログラム)に従事の後、フリーランス。現在、東京ネットウエイブ(ゲームデザイン)、一橋大学(映像文化論)で非常勤講師を務める。代表作に、ゲーム:『That’s QT』、『戦国無双』など。書籍:『心脳問題――「脳の世紀」を生き抜く』(吉川浩満と共著、朝日出版社)、『問題がモンダイなのだ』(吉川浩満と共著、ちくまプリマー新書)、『デバッグではじめるCプログラミング』(翔泳社)、『コンピュータのひみつ』(朝日出版社)など。翻訳書:ジョン・サール『MiND――心の哲学』(吉川浩満と共訳、朝日出版社)ジマーマン+サレン『ルールズ・オブ・プレイ』(ソフトバンククリエイティブ)など。目下は、雑誌『考える人』(新潮社)で、「文体百般――ことばのスタイルこそ思考のスタイルである」、朝日出版社第二編集部ブログで「ブックガイド――書物の海のアルゴノート」を連載中。「新たなる百学連環」を構想中。
URL:作品メモランダム(http://d.hatena.ne.jp/yakumoizuru/
twitter ID: yakumoizuru

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【編集部から】
細分化していく科学、遠くなっていく専門家と市民。
深く深く穴を掘っていくうちに、何の穴を掘っていたのだかわからなくなるような……。
しかし、コトは互いに関わり、また、関わることをやめることはできません。
専門特化していくことで見えてくることと、少し引いて全体を俯瞰することで見えてくること。
時は明治。一人の目による、ものの見方に学ぶことはあるのではないか。
編集部のリクエストがかない、連載がスタートしました。毎週金曜日に掲載いたします。

2012年 2月 10日