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Open Arms (1982, 全米No.2)/ジャーニー (1973-1987,1995-)

2012年 4月 4日 水曜日 筆者: 泉山 真奈美

歴史を彩った洋楽ナンバー~キーワードから読み解く歌物語~ 第26回

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●歌詞はこちら
http://www.seeklyrics.com/lyrics/Journey/Open-Arms.html

曲のエピソード

1980年代におけるアメリカ西海岸のロック・シーンを語る上ではずせないバンドのひとつ、ジャーニーの代表曲。全米チャートでは6週間にわたってNo.2の座にあった。その間、この曲のNo.1獲得を阻止したのは、オリヴィア・ニュートン=ジョン(Olivia Newton-John/1948-)の「Physical」(全米チャートで10週間にわたってNo.1)だった。この曲さえなかったなら、間違いなく「Open Arms」は全米チャートを制覇していたと思う。ジャーニー自身はもちろんのこと、彼らのファンもさぞかし口惜しかったことだろう。

これはもともと、ジャーニーに1981年に新加入したキーボード奏者のジョナサン・ケイン(Jonathan Cain)が所属していたロック・バンドのThe Babysのために書き下ろされた曲だったが、彼らが却下したため、ジャーニーがレコーディングして大ヒットするに至った。ここ日本でも、某自動車メイカーのCMソングに起用されるなど、今なお人気が高い。なお、バンドは1995年に再結成を果たし、メンバー・チェンジをくり返しながらも現在も活動中。もちろん、今でもライヴにこの曲は欠かせない。

曲の要旨

かつては愛し合っていた男と女。理由は判らないけれど、女は男のもとを去って行った。以来、男は独りぼっちになった家で傷心の日々を過ごす。が、今はこうして再び二人の愛の巣に戻った彼女。彼は、彼女の過去をあれれと問い質すこともせずに、無条件で彼女を迎え入れた。ありったけの歓待(=with open arms)の気持ちを込めて――。

1982年の主な出来事

アメリカ: 失業率が11%超の2ケタに達し、失業者が300万人を超える。
日本: 世界初のCDプレイヤーをソニーが発売。
世界: フォークランド紛争が勃発し、勝利したイギリスが同島の領有を維持。

1982年の主なヒット曲

Centerfold/J. ガイルズ・バンド
I Love Rock ‘N Roll/ジョーン・ジェット&ブラックハーツ
Ebony And Ivory/ポール・マッカートニー&スティーヴィー・ワンダー
Hard To Say I’m Sorry/シカゴ
Up Where We Belong/ジョー・コッカー&ジェニファー・ウォーンズ

Open Armsのキーワード&フレーズ

(a) sail on
(b) with open arms
(c) want someone home
(d) turn night into day

てっきり全米No.1ヒットだと思っていたら、実はNo.2の座に6週間も甘んじていた。そのことについては曲のエピソードで詳しく述べたが、1982年当時、とにかくこの曲をよく耳にしたものだ。FEN(現AFN)をたまたまつけたらこの曲が流れてきた、なんていう偶然は、一度や二度じゃなかった。自然と歌詞が耳に残る。ライヴ仕立てのプロモーション・ヴィデオ(PV)の印象も鮮烈で、この曲を耳にする度に、リード・ヴォーカルのスティーヴ・ペリーが長髪を風になびかせて歌っている姿が脳裏に思い浮かぶ。

愛する女性が去って行き、独り取り残された男性。愛し合っていた日々を思い出しては、主人公の男性は感傷的になってしまう。(a)が用いられたフレーズでは、「以前は一緒にsail onしたのに」と嘆く。直訳すれば「以前は共に航海に出たのに」となるが、もちろんそれは比喩で、「生活を共にした」、「人生を共に歩んだ」ことを遠回しに言っているのだ。主人公の男性は船乗りではない。洋楽ナンバーの歌詞には、こうした詩的な比喩が結構あって、直訳するとヘンテコになってしまうので要注意。

タイトルのもとにもなった(b)は、字面から判断すると「両腕を広げて」だが、じつはこれ、れっきとしたイディオム。英和辞典の“arm”の項目に載っており、そこにある説明では、「両手を(両腕を)広げて」と真っ先にあり、続いて「歓迎の気持ちを込めて」とある。ところが、このイディオムを英英辞典で調べてみると、「両腕を広げて」の意味は載っていない。以下、数冊の英英辞典で(b)を調べてみた。

with open arms in a warm and friendly way
Webster’s New World Basic Dictionary of American English

with open arms, you are very pleased about it. If you welcome a person with open arms, you are very pleased about their arrival.
Collins COBUILD Advanced Learner’s English Dictionary New Edition

with open arms cordially
The Oxford American Desk Dictionary Major New Edition

上記の意味を日本語に訳してまとめてみると、「心から歓迎する気持で、真心を込めて」となる。「両腕を広げて」というポーズではなく、相手を歓待する気持ちを表現している点にご注目。筆者もこの曲がヒットしていた当時は、ここのフレーズを単純に「両腕を広げて」だととっさに思った。が、ひとつ引っかかるのは、可算名詞の“arm(s)”の頭に定冠詞の“the”や所有格の“my”が付いていないこと。ある時、ふとそのことを不思議に思い、辞書で“arm”の項目を引いてみたところ、(a)がイディオムであることを発見したというわけ。例えば、“hand in hand(手に手を取って、協力して)”や“step by step(一歩一歩、着実に)”、“day in and day out(明けても暮れても)”など、可算名詞に本来あるべき不定冠詞や定冠詞が付いていない場合は、それがイディオムであることが往々にしてある。なので、知ってるつもりの単語でも、不定冠詞や定冠詞、所有格がその前に付いていないのが不自然だと思ったら、一度は辞書で調べてみることをお薦めしたい。(b)にしても、その不自然さに気付かなかったら、筆者は今でも「両腕を広げて」だと思い込んでいたはずだから。イディオムであることを知り、ひとつ解ったことがある。主人公の男性に、離れて行った彼女をいつでも歓待する気持ちがあるのはもちろん、別れて以降の彼女がどんな暮らしをし、誰と付き合っていたか、などということを全く意に介さずに無条件で受け入れる心の準備があった、ということ。主人公は、じつに寛容な心の持ち主なのだった。それだけ、彼女に対する愛情が深いのだろうし、別れてからもずっと彼女を忘れられずにいたのだろう。

日本語の「ただいま」を英語では“I’m home.”ということは、みなさん、ご存じでしょう。(c)の“home”もそのセンテンス同様、名詞ではなく副詞。「自宅に戻って、母国に帰って」、といった意味。なので、(c)は「~に家に戻って欲しい」という意味になる。歌詞のストーリーから、ここに登場する男女は一緒に暮らしていたことが明らかで、彼女が出て行った後、男性はその愛の巣に独りで暮らしていたことが判る。そう考えると、(c)は「二人で暮らした家に戻ってきて欲しい」となるが、もっと突っ込んで意訳すると、「僕のもとへ戻ってきて欲しい」、さらに踏み込めば「君とヨリを戻したい」という解釈にたどり着く。

“home”で思い出したのが、愛する人が去ってしまった悲しみを綴った歌詞で見聞きする“This house is not a home.”なるセンテンス。カタカナ語では「ハウス」も「ホーム」も同じようなものだが、英語では微妙に異なる。“house=建物”、“home=家庭”というニュアンスがあるためで、そのセンテンスを意訳すると「この家には家庭の温もりがない」となる。(c)を「君とヨリを戻したい」と解釈できるのは、「以前のように君と家庭的で楽しい暮らしがしたい」とも読み取れるから。“house”と“home”の違い、お解りいただけたでしょうか?

(e)にも本来あるべき不定冠詞や定冠詞がない。“night and day(日夜、不眠不休で)”というイディオムは辞書にも載っているが、(e)はナシ。そこで、ここを正しく解釈するためには、想像力を働かせる必要がある。曲の主人公は、彼女が戻ったことで「夜が朝になった」と言っているが、それはあくまでも比喩。仮にここを「夜が明けて朝になった」と解釈してしまったのでは、原意とはかけ離れた誤訳になってしまう。英語では、“night”が闇であることから、「深い悲しみ、絶望感」にたとえられることがあり、逆に“day(日中)”は「明るさ、楽しさ」にたとえられる。ここで歌われる「夜が朝になった」は「悲しみに沈んでいた毎日が幸せいっぱいになった」を比喩的に表現しているわけだ。彼女が戻ってきてくれたことで、歓喜にうちふるえる主人公の様子が手に取るように判るフレーズである。

考えてみれば、日本語にも実際の行動とは異なる比喩的言い回し――「へそで茶を沸かす」、「清水の舞台から飛び降りる」、「眼の中に入れても痛くない」……etc.――がたくさんある。“with open arms”もまた、実際の仕種とは違う比喩的表現のイディオムなのだった。

【筆者プロフィール】

泉山真奈美(いずみやま・まなみ)

1963年青森県生まれ。幼少の頃からFEN(現AFN)を聴いて育つ。鶴見大学英文科在籍中に音楽ライター/訳詞家/翻訳家としてデビュー。洋楽ナンバーの訳詞及び聞き取り、音楽雑誌や語学雑誌への寄稿、TV番組の字幕、映画の字幕監修、絵本の翻訳、CDの解説の傍ら、翻訳学校フェロー・アカデミーの通信講座(マスターコース「訳詞・音楽記事の翻訳」)、通学講座(「リリック英文法」)の講師を務める。著書に『アフリカン・アメリカン スラング辞典〈改訂版〉』、『エボニクスの英語』(共に研究社)、『泉山真奈美の訳詞教室』(DHC出版)、『DROP THE BOMB!!』(ロッキング・オン)など。『ロック・クラシック入門』、『ブラック・ミュージック入門』(共に河出書房新社)にも寄稿。マーヴィン・ゲイの紙ジャケット仕様CD全作品、ジャクソン・ファイヴ及びマイケル・ジャクソンのモータウン所属時の紙ジャケット仕様CD全作品の歌詞の聞き取りと訳詞、英文ライナーノーツの翻訳、書き下ろしライナーノーツを担当。近作はマーヴィン・ゲイ『ホワッツ・ゴーイン・オン 40周年記念盤』での英文ライナーノーツ翻訳、未発表曲の聞き取りと訳詞及び書き下ろしライナーノーツ。

2012年 4月 4日