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Only Time Will Tell(1982/全米No.17,全英No.54)/エイジア(1981-1986,1989-)

2012年 9月 5日 水曜日 筆者: 泉山 真奈美

歴史を彩った洋楽ナンバー~キーワードから読み解く歌物語~ 第47回

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●歌詞はこちら
http://www.songlyrics.com/asia/only-time-will-tell-lyrics/

曲のエピソード

いわゆるプログレッシヴ・ロック(Progressive Rock)、略してプログレのジャンルを代表するバンドのひとつ、エイジアのデビュー・アルバム(セルフ・タイトル/邦題は『詠時感[エイジア]~時へのロマン~』/良く言えば詩的、悪く言えば暴走族による当て字のような邦題である/苦笑)は、ロック・ファンにとって“ちょっとした事件”だった。なぜなら、メンバー全員が名だたるバンドに籍を置いていたベテラン揃いだったからである。英語圏では、“All-star rock band”などと呼ばれることも。それもそのはずで、結成当初のメンバーたちの前歴を知ったなら、ロック愛好家ならずとも卒倒しそうなメンツが集結しているのだ。リード・ヴォーカルとベース担当のジョン・ウェットンは、泣く子も黙る(?)キング・クリムゾンとロキシー・ミュージックに籍を置いていた人物、ギター担当のスティーヴ・ハウは元イエス、キーボード担当のジェフ・ダウンズは「Video Killed The Radio Star(邦題:ラジオスターの悲劇)」(1979/全米No.40/1981年にMTVで初めて流れたプロモーション・ヴィデオが同曲のものだったことはつとに有名)の一発ヒットで知られるバグルスとイエスでプレイした経歴を持ち、ドラムス担当のカール・パーマーは、そのラスト・ネームから察せられる通り、エマーソン・レイク&パーマー(略してELP)の元メンバーである。文字通りオール・スター勢揃いの奇蹟のようなバンドだ。彼らのデビュー・アルバムに大仰な邦題を施した当時の担当ディレクター氏も、かなり気負い込んだことだろう(気負い込み過ぎ?)。

不思議なことに、メンバー全員がイギリスのロック・バンド出身であるにも拘らず、アルバムもシングルも、本国よりも他国でヒットした。特にアメリカでの受け止められ方は熱狂的で、エイジア名義のデビュー・アルバムは全米アルバム・チャートで堂々の首位に輝いた。一方、全英アルバム・チャートではNo.14に終わっている。シングルについても同じ現象が起きており、アルバムからの1stシングル「Heat of The Moment」が全米チャートでNo.4を記録して大ヒットしたのに対し、全英ではNo.46という結果。さらに、今回採り上げた「Only Time Will Tell」は、全米チャートNo.17、全英ではNo.54という順位の低さ。確かに、1980年代初期という時代を反映してか、それぞれのメンバーが所属していた往年のロック・グループの頃に較べてサウンドがかなりポップになってはいるものの、本国で彼らが“All-star rock band”になりきれなかったことが未だに不思議でならない。

前置きが長くなってしまったが、これは端的に言えば男女の別れの歌である。しかも、女性の方がとうに男性に対する愛情を失っていたのに、そのことに気付かずにいた主人公の男性が自嘲気味に自分自身を責めた上で、自分から離れていこうとする女性に向かって冷淡な言葉を突きつける内容だ。が、そこはサスガにプログレ・バンドだけあって、別れに至るまでの経緯と男性の心情を単純な言葉で綴ることに終始していない。特に中盤からの歌詞は難解である。ひとつだけ言えるのは、この華美で絢爛豪華なサウンドを従えた歌詞の内容が、惨めな男の恨み節的な心情の吐露であるということ。G・ダウンズとJ・ウェットンの共作によるこの曲には、どちらかの体験が歌詞に反映されているのかも知れない。

曲の要旨

お前は何も言わなくても、その目を見ればお前が俺から離れて行こうとしていることが一目瞭然だよ。隠そうったって、そうはいかない。出逢った時から、いつ俺と別れようかと、そればかりを考えていたんじゃないのか。今さらながら、俺はお前の不実さに気付かされた。そんな俺はお前の眼には滑稽に映るだろうな。もうこれ以上、ふたりの関係を続けていくことは絶対に無理なんだよ。けれど、これだけは覚えておいてくれ。俺を失ったお前に、これから幸福など訪れることは絶対にないんだからな。

1982年の主な出来事

アメリカ: 第40代大統領のロナルド・レーガンによる経済政策(いわゆるReaganomics)が失敗に終わり、インフレが進み失業率が11パーセントに達する。
日本: 東京のホテルニュージャパンで火災が発生、死傷者が67人に上る大惨事に。
世界: 3月にフォークランド紛争が勃発(同年6月に終結)。

1982年の主なヒット曲

Centerfold/J. ガイルズ・バンド
I Love Rock ’N Roll/ジョーン・ジェット&ザ・ブラックハーツ
Ebony And Ivory/ポール・マッカートニー&スティーヴィー・ワンダー
Eye of The Tiger/サヴァイヴァー
Up Where We Belong/ジョー・コッカー&ジェニファー・ウォーンズ

Only Time Will Tellのキーワード&フレーズ

(a) I would have known by now
(b) only time will tell
(c) the brightest ring around the moon

またまたFEN(現AFN)の話を持ち出すのは気が引けるのだが、この曲を初めて耳にしたのもまた、同局での番組――若い頃、欠かさず聴いていたAmerican Top 40だったと記憶している――だった。イントロを耳にした瞬間に、「何だ、この大仰なサウンドは!?」と度肝を抜かれたことが、今でも鮮明に脳裏に焼き付いている。それ以上に記憶から離れ難いのは、歌い出しの♪You’re leaving now… の部分。イントロを聴きながら、どんな奥深い歌詞がこのサウンドをバックに歌われているのか興味津々だったし、胸が高鳴ったものである。ところが、いきなり「お前、出て行くつもりなんだな」とは――筆者がそこを耳にしてズッコケたのは言うまでもない。しかしながら、やはり演奏は超一流のミュージシャン揃いだけあって、抜群に上手い(特にギターとドラムス)。一度、この曲をインストゥルメンタル・ヴァージョンで聴いてみたいものだ(こんなことを言ったらエイジアのファンに怒られそうだが……)。

ハッキリ言ってしまえば、アルバムの副題にもなっている「時へのロマン」という邦題は、歌詞の内容に全くそぐわない。以前にも本コラムで何度かお伝えしたが、こういう邦題を“雰囲気モノ”という。曲の主旨でも述べたように、これは“ロマン”どころか“ロマンスの終焉”を、男性が不実な女性を呪ってねちねちと歌っているものだから。くり返すようだが、このゴージャスなイントロに♪You’re leaving now… という歌詞はいかにも軽過ぎる。しかし……! ただ単に男の恨み節で終わっていないところが、プログレ・バンドがプログレ・バンドたる所以であろう。

前回に採り上げたハロルド・メルヴィン&ザ・ブルー・ノーツの「If You Don’t Know Me By Now」は、現在における仮定を表しているが、(a)は、英文法的に説明すれば仮定法で「過去の論理的可能性の“実現されなかった事象を表す”」もの。簡単に言えば、「もっと早くに(彼女の心変わりに)気付いていれば良かったのに、そうならなかった」、すなわち「気付くのが遅過ぎた」という後悔の念が(a)には滲んでいる。同フレーズを以下のように解り易く書き換えてみる。

♪It’s too late to realize that you are going to leave me now.

筆者は、同フレーズを耳にするたびに、頭の中で「察しの悪い俺に、お前は呆れ果てるんだろ」と、ついつい意訳してしまうのだが……。

さて、タイトルの(b)である。これは、似たようなニュアンスを持つ、異なる複数のセンテンスに書き換えられる。

♪(Only) God knows.(神のみぞ知る=誰にも判らない)
♪(Only) Heaven knows.(神のみぞ知る=誰にも判らない)
♪Nobody knows. (誰にも判らない)
♪Time will reveal.(時が経たなければ、この先どうなるかなど知れたものではない)

では、この曲では、“tell”の目的語が何なのか。それは、ズバリ「女の不実、裏切り」、そして、それが原因となって彼女を待ち受けているであろう「この先の不幸な人生」。ここでも、恨み節が炸裂である。「時が経てば、お前の裏切りがハッキリするだろう」ということなのだが、含みを持たせた(a)のフレーズを用いているところをみると、どうやらこの男性はそのことを自信を持って言い切れないでいるらしい。もっと突っ込んで言えば、(b)のフレーズには、相手の女性に対する未練がタップリと沁み込んでいるように感じられる。

また、日本盤LP『詠時感』の歌詞カード(←すでに死語)には、以下のような「おことわり」が記されてあり、唖然とした。曰く――

おことわり:歌詞が抽象的で、日本でワーディング【筆者注:聞き取りを指す】をしたため、一部、対訳に意味の不明瞭なところがあります。御了承下さい。

……これでは、当時、まだ輸入盤より高かった日本盤LPを買った人々は納得しなかったのではないか(ちなみに、CD化された際の日本盤には、1982年当時のライナーノーツと歌詞・対訳がそのまま流用されている)。筆者は、ワーディング云々…という箇所を言い訳にして、「対訳に不明瞭なところがあります」という部分に驚愕した。抽象的な歌詞の意味を汲み取って訳すのが訳詞家もしくは翻訳家の仕事ではないのか、と。筆者は当時、なんだかんだ言っても「Only Time Will Tell」の音を自分で持っていたかったため、輸入盤LPを買ったので、日本盤の歌詞カードに記された驚愕の「おことわり」を知ったのは、ずっと後になって、家人の私物を目にした時である。当時、日本盤は¥2,500もした。

この曲に関して言えば、「抽象的な歌詞」は(c)の部分に違いない。直訳すれば「月の周囲を囲む最も光り輝いている輪っか」であるが、全くもって意味不明である。前後のフレーズを足してその部分を直訳すると、「俺の命が尽きる時、月の周りで最も光を放つ輪っかは光を失うだろう」となるが、一体全体、この男性は何をいわんとしているのか? 筆者は、(c)の“the brightest”に着目した。“最も輝きを放っている”、つまりこれは、この男女が夫婦だとするなら、結婚指輪を示唆しているのではないか、と。あるいは、“the brightest days of your life(お前の人生において最も幸せだった日々=俺と共に暮らした歳月)”という解釈も成り立つのではないだろうか。いずれにしても、日本盤に掲載されている「俺が死んだら月のまわりの大きな輪が暗くなるだろう」という直訳では、何が何やらサッパリ解らないし、何だかアブナい宗教家が綴った歌詞にも思えてくる。確かにプログレ・バンドの歌詞には難解なフレーズが登場することが多い。が、そこをどう解釈して真義を汲み取って訳してやろうかと、腕が鳴るようでなければ、訳詞家は務まらないと考える。

2006年から再びオリジナル・メンバーでの活動を再開しているエイジアのメンバーに(特に曲を作った両者)に、ぜひとも “the brightest ring around the moon”が何を意図しているのか、訊ねてみたいものだ。「結婚指輪」なら、ビンゴ!と叫びたいのだが……。

【筆者プロフィール】

泉山真奈美(いずみやま・まなみ)

1963年青森県生まれ。幼少の頃からFEN(現AFN)を聴いて育つ。鶴見大学英文科在籍中に音楽ライター/訳詞家/翻訳家としてデビュー。洋楽ナンバーの訳詞及び聞き取り、音楽雑誌や語学雑誌への寄稿、TV番組の字幕、映画の字幕監修、絵本の翻訳、CDの解説の傍ら、翻訳学校フェロー・アカデミーの通信講座(マスターコース「訳詞・音楽記事の翻訳」)、通学講座(「リリック英文法」)の講師を務める。著書に『アフリカン・アメリカン スラング辞典〈改訂版〉』、『エボニクスの英語』(共に研究社)、『泉山真奈美の訳詞教室』(DHC出版)、『DROP THE BOMB!!』(ロッキング・オン)など。『ロック・クラシック入門』、『ブラック・ミュージック入門』(共に河出書房新社)にも寄稿。マーヴィン・ゲイの紙ジャケット仕様CD全作品、ジャクソン・ファイヴ及びマイケル・ジャクソンのモータウン所属時の紙ジャケット仕様CD全作品の歌詞の聞き取りと訳詞、英文ライナーノーツの翻訳、書き下ろしライナーノーツを担当。近作はマーヴィン・ゲイ『ホワッツ・ゴーイン・オン 40周年記念盤』での英文ライナーノーツ翻訳、未発表曲の聞き取りと訳詞及び書き下ろしライナーノーツ。

2012年 9月 5日