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第48回 『アバター』に見るキャスティングの偏り

筆者:
2013年3月7日

映画『アバター』のキャスティングには,明らかな偏りが見られます。その偏りはナヴィとアバターとの区別にかかわります。

まず,キャストの全体像を把握するために,おもな登場人物を概観しておきます。

せりふのあるおもなナヴィは,ヒロインであるネイティリ(Neytiri)のほかに,その父の族長エイトゥカン(Eytucan),シャーマンである母モアト(Moat),そして次世代の族長候補ツーテイ(Tsu’tey)です。

これに対し,アバターを操る登場人物でせりふがあるのは,主人公のジェイク・サリー(Jake Sully),グレース・オーガスティン(Grace Augustine)博士,そしてノーム・スペルマン(Norm Spellman)研究員,の3名です。映画のなかで彼らは,人間の姿(たとえば図-1のジェイク1)とアバターの姿(同じくジェイク2)の両方で登場します。

そして,鉱山開発を進める企業(RDA社)側の人間としては,総責任者セルフリッジ(Selfridge)と傭兵部隊長クオリッチ(Quaritch)大佐がおもな登場人物です。

以上の登場人物の関係を図示すると次のようになります。ナヴィを居住地域から追い出して資源発掘を行いたいRDA社は,ナヴィを野蛮な「サル」と見なして彼らを理解しようとしません。当然対立が生まれます。他方,アバターを操る科学班の人たちは,ナヴィの文化を尊重し,学ぼうとする態度があります。

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図-1:『アバター』における登場人物相関図

では,ナヴィとアバターの配役はどのようになっているでしょうか。以下の説明では,登場人物と俳優の外見が一目できるように,インターネット・ムービー・データベース(Internet Movie Database)の画像集にリンクを張ってあります。登場人物名と俳優名の後の[画像1, 2, 3, …]の部分をクリックするとその画像が確認できます。

ネイティリ[画像1]は,ゾーイ・サルダナ(Zoe Saldana)[画像2]が演じています。サルダナは,ニュージャージ州出身のアフリカ系アメリカ人です。さらに,ツーテイ[画像3]はラズ・アロンソ(Laz Alonso)[画像4]が,そしてモアト[画像5]はCCHパウンダー(CCH Pounder)[画像6]が,それぞれ演じています。彼らもアフリカ系アメリカ人です(パウンダーの出身は南米のガイアナ共和国)。

他方,ネイティリの父,族長のエイトゥカン[画像7]はウェス・ステュディ(Wes Studi)[画像8]が演じます。彼はアメリカ・インディアンのチェロキー族の血を引いています。

つまり,ナヴィの主要登場人物は,黒人とインディアンというように人種的にはマイノリティの人たちが演じるのです。

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これに対し,アバターの人工身体を駆る地球人については,ジェイク[画像9 , 画像10]にはサム・ワージントン(Sam Worthington)が,グレース[画像11 , 画像12]にはシガニー・ウィーバー(Sigourney Weaver)が,そして,ノーム[画像13]にはジョエル・デビッド・ムーア(Joel David Moore)が,それぞれ配役されています。彼らは皆,いわゆる白人であり,人種的にはアメリカのマジョリティに属します。

異星人であるナヴィの主要登場人物がすべてマイノリティの俳優に割り振られ,アバターを操る人間はすべて白人が演じる。さらには,ナヴィは半裸で未開人のような格好をしていますが,アバターはナヴィに溶け込んだジェイク以外は,洋服を身につけています。

アバターはナヴィと操縦者の遺伝子を掛け合わせて作られた人工身体です。見かけ上,ナヴィとほとんど同じですが,アバターのほうが鼻筋のデフォルメが控えめで,人間にその分だけ近い。そして,ナヴィとアバターとのさして大きくはない身体的差異は,服装と配役上の人種の違いによって強調されているのです。人種差別的であると非難されるかもしれません。

では,なぜ,そのようなキャスティングをあえて行ったのでしょうか。人種に関してバランスの取れた配役を行うことも可能だったはずです。キャスティングの意図について,映画における情報提示の特徴について,そして,アメリカ人が抱く人種の概念について,次回とその次の回でもう少し考えてみたいと思います。

筆者プロフィール

山口 治彦 ( やまぐち・はるひこ)

神戸市外国語大学英米学科教授。

専門は英語学および言語学(談話分析・語用論・文体論)。発話の状況がことばの形式や情報提示の方法に与える影響に関心があり,テクスト分析や引用・話法の研究を中心課題としている。

著書に『語りのレトリック』(海鳴社,1998),『明晰な引用,しなやかな引用』(くろしお出版,2009)などがある。

『明晰な引用,しなやかな引用』(くろしお出版)

 

『語りのレトリック』(海鳴社)

編集部から

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