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地域語の経済と社会 第349回 静岡県浜松の方言クッキー

2016年 3月 12日 土曜日 筆者: 日高 貢一郎

地域語の経済と社会―方言みやげ・グッズとその周辺―
第349回 静岡県浜松の方言クッキー

 静岡県浜松の方言をクッキーに書いたお土産をもらいました。箱(包装紙)には,次のような方言が10語並び,横には小さく共通語訳が添えられています。【写真1】

しゃんべえ〔おしゃべり,口の軽い人〕
いっしょくた〔ごちゃまぜ〕
そうだら?〔そうでしょう?〕
バカ頭いいや〔とても頭がいい〕
いっとん〔いちばん〕
おすんばぁ〔はずかしがりや〕
お湯がちんちんだにー〔お湯が熱いよ~〕
そんなぶしょったい格好して〔そんなだらしない格好して〕
とんじゃかないよ〔かまわないよ〕
だもんで〔だから〕

(画像はクリックで拡大)
【写真1】『遠州浜松弁クッキー』の箱
【写真1】『遠州浜松弁クッキー』の箱
【写真2】『遠州浜松弁クッキー』の裏面の方言
【写真2】『遠州浜松弁クッキー』の裏面の方言

 箱の裏側には「遠州浜松弁いろいろ わかりそうでわからない浜松弁。さっそく使ってみたくなります。」と書いた下に,16語があげてあります。【写真2】

 ところが,よく見ると左の列の5語「いっとん」「~だもんで」「そうだら?」「いっしょくた」「おすんばぁ」は,何と先の箱の表にあげてあった方言とまったく同じです。5語ずつ3列に並べたその中央の上には「あわっくらい」〔あわてんぼう〕という方言があるのですが,それを実践してみせたのでしょうか? 表も裏も「いっしょくた〔ごちゃまぜ〕」になっていて,「だもんで・そうだら?・いっとん・おすんばぁ」〔だから・そうでしょう?・いちばん・はずかしい〕というギャグなんだろうかと,とんじゃかない〔〈頓着がない〉が変化した言い方。かまわない,の意〕そのおおらかさに思わず目が点になりました。

 他には,いいとこまんじゅう〔都合のいい場所・秘密〕,いじゃ〔行こう,おいで〕,うっちゃる〔捨てる〕,うんもすんもない〔どうしようもない〕,まっと〔もっと〕,かっちんだま〔ビー玉〕,くろ〔すみっこ〕,けっこい〔きれい〕,おんし〔おぬし,おまえ〕,ちょっくらちょお〔一筋縄〕があげてあります。

 箱の中には12枚のクッキーが入っており,淡い黄色の生地の表面に,こげ茶色の字で方言が書かれています(「おすんばあ,ちんちん,ぶしょったい,だもんで,そうだら?」が入っていました)。これを食べながら,あげてある方言をあれこれ組み合わせてつないでいくと,いろいろな文章が浮かび上がってきて,「実は深謀遠慮,意味深長な配慮のもとにこれらの語が選ばれているのかもしれない。一筋縄ではいかないぞ」と思ったことでした。

 製造元に電話して先の例を挙げて話を聞くと,「いやいや,そんなたいそうなことではありません」と苦笑まじりの返事が返ってきました。方言は,できるだけ浜松らしいものをという基準で地元出身の皆さんが意見を出し合って裏面にある語を選び,それに響きが面白いものや有名なものをさらに足し合わせて表の面を仕上げたそうです。平成23年4月から発売し,販売店や買った人からはなかなか面白いという反響があるということです。

 改めて箱のデザインを見てみると,「静岡浜松 遠州浜松弁クッキー」とあり,市のマスコットキャラクター・はままつ福市長「出世大名 家康くん」がお城の側に立ち,「浜松弁はこんなにいっぱいあるんじゃ」と言っています。【写真1】

 周りには当地の代表的な産物のオートバイ・日本茶,それに浜名湖に立つ鳥居のイラストが配してあります。あちこちに音符が踊っており,家康くんの袴が鍵盤になっているのは楽器の街だからですが,紋付もよく見るとミカンの紋様になっています。これもいかにも静岡らしさを表しています。あれぇ,浜松と言えば浜名湖のうなぎが有名なのに……と思ってよ~く見てみたら,家康くんの頭のちょんまげがうなぎになっていました。

 家康くんは「ゆるキャラグランプリ2013」では惜しくも2位でしたが,「同2015」でついに第1位を獲得して,念願の天下を取りました!

 なお,方言名のお菓子は,第301回,第312回,第320回,第348回などを参照してください。第301回にはそれ以前の例へのリンクがあります。

第301回 peccoぺっこ―意味のある方言菓子
第312回 お菓子の外来語―新潟市のロシア語 Loanwords of cakes — Russian language in Niigata City
第320回 会津のお菓子「くいっちい」
第348回 大分県豊後高田市のお菓子『も~な・菓』

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【筆者プロフィール】

言語経済学研究会 The Society for Econolinguistics
 井上史雄大橋敦夫田中宣廣日高貢一郎山下暁美(五十音順)の5名。日本各地また世界各国における言語の商業的利用や拡張活用について調査分析し,言語経済学の構築と理論発展を進めている。
(言語経済学や当研究会については,このシリーズの第1回後半部をご参照ください)

『魅せる方言 地域語の底力』日高貢一郎(ひだか・こういちろう)
 大分大学名誉教授(日本語学・方言学) 宮崎県出身。これまであまり他の研究者が取り上げなかったような分野やテーマを開拓したいと,“すき間産業のフロンティア”をめざす。「マスコミにおける方言の実態」(1986),「宮崎県における方言グッズ」(1991),「「~されてください」考」(1996),「方言によるネーミング」(2005),「福祉社会と方言の役割」(2007),『魅せる方言 地域語の底力』(共著,三省堂 2013)など。

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【編集部から】
皆さんもどこかで見たことがあるであろう、方言の書かれた湯のみ茶碗やのれんや手ぬぐい……。方言もあまり聞かれなくなってきた(と多くの方が思っている)昨今、それらは味のあるもの、懐かしいにおいがするものとして受け取られているのではないでしょうか。
方言みやげやグッズから見えてくる、「地域語の経済と社会」とは。2008年から長きにわたって、方言研究の第一線でご活躍中の先生方からリレー連載をしていただいておりました。350回にて休載となります。

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2016年 3月 12日