タイプライターに魅せられた男たち・補遺

広告の中のタイプライター(19):Smith-Corona Coronet

筆者:
2017年11月9日
『Ebony』1964年6月号

『Ebony』1964年6月号

「Smith-Corona Coronet」は、SCMが1960年に発売したフロントストライク式の電動タイプライターです。上の広告にある「The quick brown fox」は、「THE QUICK BROWN FOX JUMPS OVER A LAZY DOG.」という文の一部です。タイプライターの教本に、ほぼ必ずと言っていいほど出てくるこの文は、A~Zを全て使うことから、キー配列を覚えるのに使われたり、あるいは、活字欠けやアラインメントのズレを見つけるのに使われたりする文です。ただ、この広告の「The quick brown fox has met his master」という文には、dもgもjもlもpもvもyもzも現れないので、そういう用途には使えないようです。

「Smith-Corona Coronet」のキーボードは、基本的にQWERTY配列ですが、最上段に数字が1234567890-=と並んでいて、そのシフト側に記号が!@#$%¢&*()_+と並んでいます。特に、「@」が「2」のシフト側にあるという点が「IBM Electromatic」の流れを汲んでいて、これが当時の電動タイプライターのキー配列の主流になりつつあったのです。なお「Smith-Corona Coronet」は44キーですが、ピリオドとコンマがシフト側にもダブっており、収録文字数は86種類でした。

「Smith-Corona Coronet」の特徴は、キーボード左端下の「COPY SET」ダイヤルにあります。通常は「1」にセットしておくのですが、数字を大きくすると、プラテンを叩く活字棒(type arm)の力が強くなります。これにより、カーボン紙を挟んだ複数枚の紙に対して、印字の濃さをコントロールできるようになっているのです。「COPY SET」ダイヤルの奥にあるのが「RIB REV」スイッチで、インクリボンの進行方向を逆転させるためのスイッチです。リボンのインクを無駄にしないよう、インクリボンを何往復も使えるようになっているのです。一方、キーボード右端下には「ON/OFF」のダイヤルスイッチがあり、その奥にはインクリボンの赤と黒を切り替えるスイッチがあります。最上段のキーのさらに奥には、「SET」と「CLEAR」の大きなキーがあり、マージン位置の設定と解除を、自由におこなえるようになっていました。

「Smith-Corona Coronet」は、電動タイプライターですが、印字機構はフロントストライク式でした。活字棒がプラテンの前面を叩くことで印字をおこなう、という点は、それ以前の機械式タイプライターと基本的に変わっておらず、印字機構を電動にしただけだったのです。ただし、複数のキーを同時に押しても、活字棒は1本だけしか動かず、ジャミングは避けられるようになっていたようです。

筆者プロフィール

安岡 孝一 ( やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

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