地域語の経済と社会 ―方言みやげ・グッズとその周辺―

第104回 山下暁美さん:おいしい方言(山形県)

筆者:
2010年6月19日

今回は、しりとりゲームが終わらない県、山形県の「おいしい方言」をご紹介します。山形県では、しりとりでうっかり「ん」で言い終わっても、「しまった!」とあわてず、つぎの人が、「んまい」【写真1 おいしい】と続ければいいんです。反対の意味を表す「んまぐねぇ」(おいしくない・よくない)でもいいです。ほかに「う」が「ん」に置き換わる例として、「んだば」(それじゃ、さよなら)などがあります。

(写真はクリックで拡大します)

【写真1】「んまい」
【写真1】「んまい」

山形弁は、鼻音、濁音を多用すると何となくそれらしく聞こえます。というわけで、フランス語と似ているという人もいます。筆者が知っている人で、山形弁とフランス語がじょうずだと自信を持っている人がいて、確かにフランス語の発音で少し得をしているように聞こえます。(しかし、フランス語が通じることとフランス語らしく聞こえることとは違います)

【写真2】「なんじょだべ」
【写真2】「なんじょだべ」

「なんじょだべ」【写真2】は、「いかがでしょうか」という意味です。「なん(何)じょ(ぞ)」は、「どんな」と置きかえることができ、それに「だ(です)」「べ(か)」がついた形と考えられます。

左:【写真3】 右:【写真4】「やさいだす」

山形弁の特徴は、ほかにもあって、「し」「す」と「ち」「つ」の区別をしません。「やさいだす」【写真3・4 野菜だし】はその例です。「知らない」が「スらない」となり、「好き」は、「しぎ」と変化します。

【写真5】「ままけは(飯喰は)」
【写真5】「ままけは(飯喰は)」

「ままけは(飯喰は)」(ごはんですよ)【写真5】の「け」は「食べなさい」で、一字ですんでしまいます。「け」と言われたら「く」(食べる)と答えたり、「かね」(食べない)と答えたりします。短くて余計なエネルギーを使わないので経済的です。「わらわら」は「急いで・さっさと」の意味です。

んだば

筆者プロフィール

言語経済学研究会 The Society for Econolinguistics

井上史雄,大橋敦夫,田中宣廣,日高貢一郎,山下暁美(五十音順)の5名。日本各地また世界各国における言語の商業的利用や拡張活用について調査分析し,言語経済学の構築と理論発展を進めている。

(言語経済学や当研究会については,このシリーズの第1回後半部をご参照ください)

 

  • 山下 暁美(やました・あけみ)

明海大学客員教授(日本語教育学・社会言語学)。博士(学術)。
研究テーマは、言語変化、談話分析による待遇表現、日本語教育政策。在日外国人のための「もっとやさしい日本語」構想、災害時の『命綱カード』作成に取り組んでいる。
著書に『書き込み式でよくわかる日本語教育文法講義ノート』(共著、アルク)、『海外の日本語の新しい言語秩序』(単著、三元社)、『スキルアップ文章表現』(共著、おうふう)、『スキルアップ日本語表現』(単著、おうふう)、『解説日本語教育史年表(Excel 年表データ付)』(単著、国書刊行会)、『ふしぎびっくり語源博物館4 歴史・芸能・遊びのことば』(共著、ほるぷ出版)などがある。

『書き込み式でよくわかる 日本語教育文法講義ノート』 『海外の日本語の新しい言語秩序―日系ブラジル・日系アメリカ人社会における日本語による敬意表現』

編集部から

皆さんもどこかで見たことがあるであろう、方言の書かれた湯のみ茶碗やのれんや手ぬぐい……。方言もあまり聞かれなくなってきた(と多くの方が思っている)昨今、それらは味のあるもの、懐かしいにおいがするものとして受け取られているのではないでしょうか。

方言みやげやグッズから見えてくる、「地域語の経済と社会」とは。方言研究の第一線でご活躍中の先生方によるリレー連載です。