人名用漢字の新字旧字

人名用漢字の源流(第3回)

筆者:
2011年3月16日

(第2回からつづく)

今月24日に『新しい常用漢字と人名用漢字』が発売されます。出版記念と言っては何ですが、第1章「常用漢字と人名用漢字の歴史」の内容を要約したり、あるいはちょっと脱線してみたりしながら、人名用漢字の源流を全6回で追ってみたいと思います。

戸籍法の全面改正

当用漢字表が内閣告示された頃、司法省民事局では、戸籍法の改正作業がおこなわれていました。それまで家を単位としていた戸籍を、夫婦を基本単位とする戸籍に変える、というのが戸籍法改正の主眼で、日本国憲法の施行に間に合わせるべく全力で作業がおこなわれていました。そんな中、文部省教科書局国語調査室から「氏名等を平易にする法律試案」が持ち込まれたのです。民事局の青木義人は、この時のことを、のちにこう回想しています(『戸籍』昭和57年9月号47頁)。

この案を持ってこられたときには、ぼくも相当消極的だったんです。住所とか人の姓など従来のものはそのままにしておいて、将来の子供の名ばっかり問題にするのは、全然つり合いがとれんじゃないかと。読みにくくて困るのは、むしろ市町村や字の名前と人の姓なのに何で子供の名前だけ目のかたきにするんだと言って。(笑)それに当用漢字だけでは窮屈過ぎやせんかとかなりやり合ったわけだけど、国語審議会はなかなか強硬なんですね。局内でもずいぶん議論をしましたけど、結局受け入れざるを得ないということになってきました。

ところが、戸籍法改正とセットでおこなわれる民法改正は、翌年(昭和22年)3月になってもGHQ民政局を通過せず、5月3日の日本国憲法施行には間に合わない状況になってきました。そこで、昭和23年1月1日を民法および戸籍法改正の施行期日として、作業を仕切り直すことになりました。昭和22年8月8日、民事局がGHQに持ち込んだ戸籍法全面改正案には、以下の条文が含まれていました。

第七十七条    子の名には、常用平易な文字を用いなければならない。
   常用平易な文字の範囲は、政令でこれを定める。

この後、GHQとのやりとりは11月7日まで3ヶ月間も続くのですが、この条文に関しては、第50条に移動した上、「政令」が「命令」に変わっただけで、ほとんど議論されることなくGHQを通過しています。そして、この戸籍法改正案は、11月28日に衆議院を通過、12月6日に条文を一部変更して参議院を通過、12月9日に衆議院が修正同意可決をおこなって、12月22日に官報公布されました。官報公布された戸籍法の第50条は、以下のようになっていました。

第五十条    子の名には、常用平易な文字を用いなければならない。
   常用平易な文字の範囲は、命令でこれを定める。

また、昭和22年12月29日には戸籍法施行規則が、司法省令として官報公布されました。戸籍法施行規則の第60条は、以下のようになっていました(原文縦書き)。

第六十条    戸籍法第五十条第二項の常用平易な文字は、左に掲げるものとする。
   昭和二十一年十一月内閣告示第三十二号当用漢字表に掲げる漢字
   片かな又は平がな(変体がなを除く。)

3日後の昭和23年1月1日、改正戸籍法と戸籍法施行規則が施行され、子供の名づけに使える漢字が当用漢字表1850字に制限されました。この日をもって、出生届に書ける漢字は、いきなり1850字に限定されることになったのです。

(第4回「衆議院の戸籍法第50条改正案」につづく)

筆者プロフィール

安岡 孝一 ( やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター准教授。京都大学博士(工学)。JIS X 0213の制定および改正で委員を務め、その際に人名用漢字の新字旧字を徹底調査するハメになった。著書に『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字コードの世界』(東京電機大学出版局)、『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

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