三省堂辞書の歩み

第18回 新訳和英辞典

筆者:
2013年7月10日

新訳和英辞典

明治42年(1909)3月13日刊行
井上十吉編/本文1872頁/三六判変形(縦168mm)

【新訳和英辞典】30版(大正7年)

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【本文1ページめ】

編者の井上十吉は、11歳から10年間イギリスへ留学した。帰国後、中学校や師範学校で英語教師を務め、同時に外務省でも働いた。その間に2年で本書を完成させたという。

ヘボンの『和英語林集成』(三版、明治19年)からあまり影響を受けていない点が評価される一方、ブリンクリーの『和英大辞典』(明治29年)に比べると日常語が物足りない。英語より日本語に弱点があったようだ。

それでも、中学生向けに作られた本書は例文が豊富で好評だった。10年以上にわたって増刷が続き、大正10年(1921)には39版が出ている。

和文には、現代と同じように小書きの「っ」「ゃ」のほか、「ぅ」なども使う珍しい表記方法を採用していた。派生語や慣用句は、例文の後に「」で示してある。

紙面の横幅は86mmしかないため、現在の新書サイズと比べてもやや縦長の印象を受ける。コンサイズシリーズの原型サイズとなった『新訳英和辞典』(明治35年)よりは少し大きめだが、縦・横の比率はほぼ同じである。

●最終項目

Zūzūshii, a. Impudent; audacious, cool; shameless.

あんなずぅずぅしい男だとは思はなかった. I did not think he was such an impudent fellow.
彼はずぅずぅしくもそれを持逃げした. He coolly took it away.
本当の受験者の替玉となって試験場へ平気で臨む者があるが、ずぅずぅしいといってもこれ位ずぅずぅしい者はあるまい. There are some who calmly enter an examination-room as substitute for the real examinee; for audacity I think this takes the cake.

●「猫」の項目

Neko (猫), n. A cat; a puss. ──-kaburi (-被り), n. A hypocrite; a wolf in sheep’s clothing.

猫がにゃあにゃあ泣く. The cat mews.
彼は人が善ささぅに見えるがあれは猫かぶりだ. He looks a good-natured man, but he is a wolf in sheep’s clothing.
猫も杓子も,everybody.

●「犬」の項目

Inu (犬), n. ①A dog. (a)[牝]A bitch. (b)[猟犬]A hound. (c)[子犬]A puppy. (d)[やくざ狗]A cur. (e)[雑種の]A mongrel. ②[間諜]A spy. ──-goya (-小屋), n. A kennel.

犬が人を吠える. The dog barks at a person.
犬が月を見て遠吠する. The dog bays the moon.
犬が怒ると唸る. The dog growls when it is angry.
犬は打たれるときやんきやんいふ. The dog yells when it is beaten.
犬がチンチンをする. The dog is sitting on its hind legs and begging.
彼は他党の犬だ. He is a spy of another party.
犬を飼ふ,to keep a dog. ─犬を嗾(ケシカケ)る,to set a dog (on). ─犬にかまれる,to be bitten by a dog. ─犬殺,a dog-killer.

◆辞書の本文をご覧になる方は

新訳和英辞典:

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筆者プロフィール

境田 稔信 ( さかいだ・としのぶ)

1959年千葉県生まれ。辞書研究家、フリー校正者、日本エディタースクール講師。
共著・共編に『明治期国語辞書大系』(大空社、1997~)、『タイポグラフィの基礎』(誠文堂新光社、2010)がある。

編集部から

2011年11月、三省堂創業130周年を記念し三省堂書店神保町本店にて開催した「三省堂 近代辞書の歴史展」では、たくさんの方からご来場いただきましたこと、企画に関わった側としてお礼申し上げます。期間限定、東京のみの開催でしたので、いらっしゃることができなかった方も多かったのではと思います。また、ご紹介できなかったものもございます。
そこで、このたび、三省堂の辞書の歩みをウェブ上でご覧いただく連載を始めることとしました。
ご執筆は、この方しかいません。
境田稔信さんから、毎月1冊(または1セット)ずつご紹介いただきます。
現在、実物を確認することが難しい資料のため、本文から、最終項目と「猫」「犬」の項目を引用していただくとともに、ウェブ上で本文を見ることができるものには、できるだけリンクを示すこととしました。辞書の世界をぜひお楽しみください。
毎月第2水曜日の公開を予定しております。