日本語社会 のぞきキャラくり

第90回 キャラクタ考察の方法論(上)

筆者:
2010年5月16日

タイの留学生から教えてもらったのだが、この4月20日、「嵐」という男性アイドルグループが、テレビの新番組『嵐にしやがれ』の記者発表をおこなった(情報をありがとう、チョンワッタナ・チャワンラットさん)。この番組、ゲスト出演者のことは、「嵐」のメンバーたちには本番まで知らせないのだという。「どんなゲストが来たら緊張するか」という記者からの質問に対して、櫻井翔という「嵐」の一員がこう答えている。

オーレー、は、村尾さんかなー。オレの、温度としてやっぱり、報道の温度でしか会ってないからー、オレここで「アハー!!」とか言ってんの見られるのちょっとつらい。

ここで「村尾さん」と呼ばれているのは関西学院大学の教授で、ニュース番組『NEWS ZERO』のメインキャスターをつとめている村尾信尚氏のことである。『NEWS ZERO』には櫻井氏も月曜日のキャスターとして出演しており、そこではまじめな人物として村尾氏に接している。では櫻井氏はいつでもどこでもまじめなのかというとそうではなく、『嵐にしやがれ』では「アハー!!」と騒いでいる。そこで村尾氏と対面することになったら、

「ああどうも。いつも『NEWS ZERO』ではお世話になってます。あっちでは報道ってことで、まじめなスタイルでやってますけど、こっちはバラエティ番組なもんで、それに合わせてハジけたスタイルでやってますのでアハー!! 村尾さんもよろしくハジけてくださいアハー!!」

などと言って平気かというとそうではない。櫻井氏は村尾氏がゲストで来たら「ちょっとつらい」のである。

つまり『NEWS ZERO』で櫻井氏がまじめなのは、まじめかアハーかを意図的に切り替えて何ら問題のない「スタイル」のレベルではない。変わらない、変えてはいけないことになっているが、実際はしばしば変わるもの。それが変わっていることが露見してしまうと、気まずいもの。すなわち「キャラクタ」のレベルだということになる。

「築地小町のお魚菜時季」といえば、週刊誌『サンデー毎日』上の、いまや200回を超える大連載である。そこでは、築地の鮮魚店「浅田水産」で働く浅田尚子氏が、四季折々のさまざまな魚の生態と調理法を紹介している。(ご本人はことあるごとに躍起になって否定されているが)「築地小町」の異名をとるような、若く美しい女性の文章、と思って読むと、なんだなんだ、これがたとえば次のように、

 [中略]だって、体操選手がやってたんだもーん。
 オッシャーァァ! 本日のメニューはナメタカレイです。
 ちょっと厚みのある唇が、セクシーですな。体の表面にはヌルヌルがたくさん付いております。これが汚い、バッチイからババカレイとも呼びますが、失礼ですな。他のカレイより身がシットリしていて、キメが細かいのですゾ。
 調理で大変なことは表面のヌルヌルを取ること。包丁は時間がかかるので、金タワシを使うのだ。ナメタカレイは蒸して食べてもいいですが、煮るのが一番いいでしょう。あ~、煮魚ってこんなに美味しいんだな~と思うはず。

[連載48「鰈(カレイ)」『サンデー毎日』2007年2月11日号(第86巻第6号)
毎日新聞社, p.37.]

「やってたんだもーん」のように『娘』っぽく甘えたり、「オッシャーァァ!」のように『体育会』っぽく気合いを入れたり、「セクシーですな」「失礼ですな」「細かいのですゾ」のように『上品』で『目上』の『年配』『男性』っぽくニヤついたり解説したり、さらに「使うのだ」、そして「いいでしょう」と、キャラクタがめまぐるしく変化する。

このように、「キャラクタ」という考えを受け入れなければ説明できないと思える事例は、ごく最近の動画や文字資料にも見つかる。だが、そういうものは、おじさん、この連載ではあんまり取り上げないの。(つづく)

筆者プロフィール

定延 利之 ( さだのぶ・としゆき)

神戸大学大学院国際文化学研究科教授。博士(文学)。
専攻は言語学・コミュニケーション論。「人物像に応じた音声文法」の研究や「日本語・英語・中国語の対照に基づく、日本語の音声言語の教育に役立つ基礎資料の作成」などを行う。
著書に『認知言語論』(大修館書店、2000)、『ささやく恋人、りきむレポーター――口の中の文化』(岩波書店、2005)、『日本語不思議図鑑』(大修館書店、2006)、『煩悩の文法――体験を語りたがる人びとの欲望が日本語の文法システムをゆさぶる話』(ちくま新書、2008)などがある。
URL://ccs.cla.kobe-u.ac.jp/Gengo/staff/sadanobu/index.htm

最新刊『煩悩の文法』(ちくま新書)

編集部から

「いつもより声高いし。なんかいちいち間とるし。おまえそんな話し方だった?」
「だって仕事とはキャラ使い分けてるもん」
キャラ。最近キーワードになりつつあります。
でもそもそもキャラって? しかも話し方でつくられるキャラって??
日本語社会にあらわれる様々な言語現象を分析し、先鋭的な研究をすすめている定延利之先生の「日本語社会 のぞきキャラくり」。毎週日曜日に掲載しております。