地域語の経済と社会 ―方言みやげ・グッズとその周辺―

第36回 田中宣廣さん:観光の方言メッセージの基本型

筆者:
2009年2月21日

第31回は復習でしたが,そのなかで「方言メッセージ」の《方向》について珍しい例も出して説明しました。

そのときに,「よーぐおでんしたなす 民話のふるさと遠野さ」(第31回の「写真3」)は,観光の「方言メッセージの基本型」,と解説しました。

そうなのです。観光の方言メッセージには,一定の『型』があるのです。「いらっしゃいませ」もしくは「いらっしゃいました」の意の方言と,「地名」または「地名+『-へ』の方言」で構成されるのが基本の型です。

続く第32回(井上先生ご担当)では,西日本各地の例で,これをメインテーマにしていただきました。

第32回のとおり,「おいでませ山口へ」が観光の方言メッセージの原型です。今でもこれは,山口県観光協会の不滅の大見出しとして使われています【写真1】。

【写真1 山口県観光協会,不滅の大見出し】
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東日本でもこの構成が基本型です【写真2】。第31回「写真3」の「よーぐおでんしたなす 民話のふるさと遠野さ」は,「よーぐ」や土地のキャッチフレーズを地名の前に付けるなど,少し足されていますが,根幹の構成は基本型です。

【写真2 基本型,東日本も基本型】
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前半部は,「誘致」では「いらっしゃいませ」の方言,「歓迎」では「いらっしゃいました」の方言と,少し表現が異なりますね。地名以降の部分がないのも基本型の一種です【写真3】。

【写真3 夏らしさの演出も(岩手県盛岡市)】
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さらに,「いらっしゃいませ」の部分と地名の順序が逆になった例もあります【写真4】。「逆」と言っても,元の「おいでませ 山口へ」が倒置法を使っているので,日本語の普通の語順にしただけですね。

【写真4 「来られ」は「いらっしゃい」の意】
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東京発信のものもあります【写真5】。東京都交通局が都営地下鉄の駅に出している広告で,メッセージ自体は全くの基本型です。ただし,二重の意味を持たせたちょっと珍しい例です。訪れてほしい観光地は伊豆の八丈島なのですが,広告主の東京都交通局にはもう一つの目的,羽田空港への都営地下鉄の利用促進があります。

【写真5 八丈島と都営地下鉄】
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基本型の変種の中でも珍しい例が【写真6】です。誘致でも歓迎でもなく,来て帰ろうとするお客にリピーターになってくれることを希望したメッセージです。~この左側に「民話のふるさと」のキャッチフレーズもあるのですが,今の季節は雪で隠れています。桜が咲くころには見えるようになるでしょう~

【写真6 リピーターになってください】
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ところで,観光の方言メッセージには,他の構成型もあります。私の担当の次回=第41回では,それらの話を準備しています。今回のような基本型をもとに,他の内容を多く加えたものがあります。「よぐ来たなはん ついでに、あちこちよく見でくなんせ」(よくいらっしゃいました。この機会にあちこちよく見てくださいな)などです。『応用型』と呼びましょう。さらに,「いらっしゃい」も地名も入っていず,基本型とは,根本的な組み立てが異なるものもあります。「温泉さ入つて心もからだもぬぐだまつぺえす」(温泉に入って心も体も温まりましょう)などです。『発展型』と呼びましょう。第41回もお楽しみに。

筆者プロフィール

言語経済学研究会 The Society for Econolinguistics

井上史雄,大橋敦夫,田中宣廣,日高貢一郎,山下暁美(五十音順)の5名。日本各地また世界各国における言語の商業的利用や拡張活用について調査分析し,言語経済学の構築と理論発展を進めている。

(言語経済学や当研究会については,このシリーズの第1回後半部をご参照ください)

 

  • 田中 宣廣(たなか・のぶひろ)

岩手県立大学 宮古短期大学部 図書館長 教授。博士(文学)。日本語の,アクセント構造の研究を中心に,地域の自然言語の実態を捉え,その構造や使用者の意識,また,形成過程について考察している。東京都立大学大学院人文科学研究科修士課程修了。東北大学大学院文学研究科博士課程修了。著書『付属語アクセントからみた日本語アクセントの構造』(おうふう),『近代日本方言資料[郡誌編]』全8巻(共編著,港の人)など。2006年,『付属語アクセントからみた日本語アクセントの構造』により,第34回金田一京助博士記念賞受賞。『Marquis Who’s Who in the World』(マークイズ世界著名人名鑑)掲載。

『付属語アクセントからみた日本語アクセントの構造』

編集部から

皆さんもどこかで見たことがあるであろう、方言の書かれた湯のみ茶碗やのれんや手ぬぐい……。方言もあまり聞かれなくなってきた(と多くの方が思っている)昨今、それらは味のあるもの、懐かしいにおいがするものとして受け取られているのではないでしょうか。

方言みやげやグッズから見えてくる、「地域語の経済と社会」とは。方言研究の第一線でご活躍中の先生方によるリレー連載です。