地域語の経済と社会 ―方言みやげ・グッズとその周辺―

第101回 田中宣廣さん:『市』を挙げての方言メッセージ~『おおきに』と『おでんせ』

筆者:
2010年5月29日

この連載も,今回から新たな100回となります。

この記念すべき回の題材として,私が住んでいる,岩手県宮古市の『市』を挙げての方言メッセージ,「おおきに」と「おでんせ」を取り上げます。

使用例の紹介の前に,今回の二つのことばについて説明します。「おおきに」は,「ありがとう」の意味です。「おおきに」というと関西(だけ)のことばかと思われがちですが,東北地方でもよく使うことばです。「おでんせ」は,この連載で何回か(第36回第61回)取り上げている「いらっしゃい」の意味です。

まず,宮古市役所(前庭)の例を紹介します。「おおきにと おでんせの心が 生む交流」と,高さ5メートルほどの『塔』に,大きく書かれています【写真1】。“『市』を挙げて”と表現した意味がご理解いただけるかと思います。なお,塔の先端の絵は,宮古市のシンボル「鮭」の顔を図案化したものです。

【写真1】宮古市役所の巨大メッセージ
【写真1】宮古市役所の巨大メッセージ
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次に,陸中海岸国立公園内の浄土ヶ浜パークホテルの,売店「おおきに」と料理茶屋「おでんせ」【写真2】です。方言ネーミングであり,方言メッセージでもあります。このホテルは,1997年10月の,天皇皇后両陛下の宮古市行幸啓の際の行在所(あんざいしょ)となりました。

【写真2】ホテル内の売店(左)と料理茶屋(右)
【写真2】ホテル内の売店(左)と料理茶屋(右)

また,JR宮古駅に隣接するみやげ物店では,出入り口の両面に示されています。表側,つまりお客が入るとき目に入るように「おでんせ」が,また,店内側,つまりお客が出るとき目に入るように「おおきに」のメッセージが,それぞれ示されています【写真3】。なお,このみやげ物店の店員さんは,『新明解国語辞典』をカウンターに置いて,よく使っているということでした。

みやげ物店(上:表側/下:店内側)【写真3】
【写真3】みやげ物店(上:表側/下:店内側)

このように,市役所,観光地としての代表的ホテル,そして,お客様方がまずは降り立つ駅前に,「おおきに」と「おでんせ」が使われているわけです。どうぞ,一度,宮古さおでんしてくたせんせ。おーきに,どーもどーも,ありがとごぜんす。

皆さん,この先100回も,また,その先も末永く,どうぞ,ご愛読のほど,よろしくお願いします。

筆者プロフィール

言語経済学研究会 The Society for Econolinguistics

井上史雄,大橋敦夫,田中宣廣,日高貢一郎,山下暁美(五十音順)の5名。日本各地また世界各国における言語の商業的利用や拡張活用について調査分析し,言語経済学の構築と理論発展を進めている。

(言語経済学や当研究会については,このシリーズの第1回後半部をご参照ください)

 

  • 田中 宣廣(たなか・のぶひろ)

岩手県立大学 宮古短期大学部 図書館長 教授。博士(文学)。日本語の,アクセント構造の研究を中心に,地域の自然言語の実態を捉え,その構造や使用者の意識,また,形成過程について考察している。東京都立大学大学院人文科学研究科修士課程修了。東北大学大学院文学研究科博士課程修了。著書『付属語アクセントからみた日本語アクセントの構造』(おうふう),『近代日本方言資料[郡誌編]』全8巻(共編著,港の人)など。2006年,『付属語アクセントからみた日本語アクセントの構造』により,第34回金田一京助博士記念賞受賞。『Marquis Who’s Who in the World』(マークイズ世界著名人名鑑)掲載。

『付属語アクセントからみた日本語アクセントの構造』

編集部から

皆さんもどこかで見たことがあるであろう、方言の書かれた湯のみ茶碗やのれんや手ぬぐい……。方言もあまり聞かれなくなってきた(と多くの方が思っている)昨今、それらは味のあるもの、懐かしいにおいがするものとして受け取られているのではないでしょうか。

方言みやげやグッズから見えてくる、「地域語の経済と社会」とは。方言研究の第一線でご活躍中の先生方によるリレー連載です。