高知特産の「文旦」は、文字通り「ぶんたん」が一般的なようだ。鹿児島など九州と山口辺りでは2字目を常用漢字の表外音とし、「ぼんたん」とも読み、ぼんたん飴が有名だ。こうした果実には概してルビは書かれておらず、関東では学生たちはこの果実自体に縁が薄く、意外と読めない。
土佐の伝統工芸の「サンゴ」には表外漢字による「珊瑚」も目立つ。名産品ということで、看板に大きく書かれている。
一本釣りで有名な「鰹」という字も、看板・貼り紙・パンフレットに多用されている。売りの物だけに滞在中によく見た。表外字だがたいてい振り仮名もなく、看板ではしばしば大きく書かれている。「鰹のたたき」とのぼりにもあるほか、「鰹群家」で「なぶらや」と読ませる店名もパンフレットにあった。後者はルビが必須だろう。ガイドブックにはカタカナで「カツオ」「戻りガツオ」ともあり、これならばいかにも魚名であり、この漢字を見慣れていないようなよそから来た者であってもすぐに読める。
「かたうお」に対する「堅魚」が合字化して「鰹」となった。これが中国の字義とは異なっているために国訓として扱われている。鰹節は、祖母が和室でよく削っていて、面白そうだったのでたまに手伝ったが、確かに固く、必要な分を削るのに思いのほか手間を取られた。もはや魚だったとは思えぬほどの代物だった。偏の「魚」が絵になったヤマキのロゴは、テレビCMでも馴染みがあり、小学校の時に真似をして書いている生徒もいた。日本人の絵文字好きは、ケータイ以前からの伝統で、古くは江戸時代の山東京伝の引札や南部暦、盲心経などにも遡りうる。
看板には「長尾鶏センター」とある。隣の徳島では「阿波尾鶏」で「あわおどり」、うまいことあてがったものだ。長尾鶏で「ちょうびけい」とも読むらしく、「ながおどり」の「とり」には表外訓の「鶏」が合う。「とりにく」も「鶏肉」が多い。しかし、「焼き鳥」「焼鳥」は、なぜそうならないのだろう。ニワトリ以外もあるからだろうか。それとも、「速口」へとはなかなか変わらない「早口」のように、表記の習慣化の長さの違いだけだろうか。焼き鳥屋では「鳥」の字が象形文字や篆書風にさえ記され、店の雰囲気の演出のためにも定着を見せているかのようだ。これから呑むのであろうが、すでに呑んでいるのであろうが、飲酒時に見るような文字でもある。そういうしゃれた雰囲気に、弱い御仁もおいでなのだろう。
「皿鉢料理」で「さわちりょうり」と読む。これはいっそうあちこちで見かけ、テレビのローカル放送でも出てきた。地域熟字訓といえるものだ。
「月極保育」と、高知空港内に設置された画面に出ていた。おや、と思ったが、何のことはないアンジュ保育園で、東京の羽田空港内の施設の看板だった。この「月極」も、地域差のあることが戦後から知られている表記だ。すでに先人の観察を読んだり聞いたりしていたとおり、高知県内では今でも「月決」のほうが多いようだ。高知市内を歩いたかぎりでは、東京ではお馴染みの「月極」はなかなか見つからなかった。多くは、
あるいは、ていねいにも送り仮名付きで、
のようになっているのだ。「年決駐車場」などというものも目の当たりにした。常用漢字表に従った漢字表記である。写真を撮りながら、さんざん歩いて、
がやっと見つかった。結局、高知で見た中では、半数に達しなかった。かえって新参の会社や新しく設置されたような看板で、旧表記とされるこの「月極」を使っているようにも思えた。この「月極」は、関東では中学生の段階でも意識され始めており(第146回)、中国から来た留学生たちも、これは習わなかったし読めない、と述べるものである。
この地では、「月極」は、存在を意識されていない可能性さえ感じられる。この表記を知らず、見ても「つきぎめ」とは、東京よりもなおさら読めないのかもしれない。ここでも「月極め」という送り仮名付きも見られたのは、もしかしたらそのためで、せめて読んでもらえるようにという工夫だったのかもしれない。