鈴木マキコ(夏石鈴子)さんに聞く、新明解国語辞典の楽しみ方

新明解国語辞典を読むために 番外編

筆者:
2022年12月5日

暇になりました。約一年続いた「ことばのコラム」の連載が終ったので、締切りがない。締切りがないと原稿は書かない。頭も手も使わない。ぼーっとしている。時間はある。暇です。よし、それでは自分が良くわかっている今の状態を、新明解国語辞典で引いてみましょう。そうです、全ては、ここから始ります。

p.1327「ひま【暇】】」

「え、暇ってそういう事なの?」

と、思いました。新解さんは「自分の好きな事が出来る」と、なんだか嬉しそう。そうか、きっといつも「今しなければならない仕事」ばかりなのだと思う。そういう毎日の中で、「自分の好きな事」が出来なくなっているのですね。ふーん、新解さんの好きな事って何でしょうか。本を読んだり、古本屋に行ったり、床屋さんに行く事でしょうか。でも、こういう言葉もあります。

p.743「しょうじん【小人】」

暇はね、もて余しがちですよ。せっかく出来たその時間を、自分の好きな事に使ったりしない。

p.1018-1019「つい」

小人、ついよくない事をするそうだけど、どんな事をするの? 後学のために教えて欲しい。たぶん何の役にも立たないと思いますが、それでも知りたい。

p.498「こうがく【後学】」

わたしは暇になると、ただひたすら「ぼー」っとしている。具体的には台所の自分の椅子に一日中坐っている。ひどい時には何も食べない。料理するのも嫌になり、お腹が空いたままで一日を終える。暇になって時間が出来た、さあ床掃除をしたら? 洗面台の下を整理したら? アイロンをまとめてかけたら? 作り置きのおかずを作ったら? 網戸をきれいにしたら? そういう、「日頃時間が無くてしなければならないけどしていない事」を、時間が出来たのに、やっぱりしないのです。うーん、それはどうしてかというと、そういう事は「自分が好き」でないからです。

小人って、暇過ぎるとよくない事をするそうですが、わたしは暇でも、しなければならない事をしないで、ぼーっとしているだけだ。小人もわたしも、何かいい事をするといいのに、と思いますが、なかなかうまく行きません。

わたしは、毎日新聞をとっているのですが「仲畑流万能川柳」の欄を毎日楽しみにしている。選者は仲畑貴志さんの川柳のコーナーです。毎日十八句掲載されます。

七月十七日には

「辞書引くと素敵な意味の姥桜 鴻巣 雷作」

という句があった。うーん、姥桜! わたしは、まだその域に達していないので、この言葉に対して何の興味も親近感も持っていませんでした。だからこれまで一度も引いたことがない。雷作さん、あなたは男ですか女ですか。それは知らないけれど、あなたは何故「姥桜」という言葉を辞書で引けたのですか。あなたが姥桜? それとも姥桜のお知り合いがいるのでしょうか? あれこれ考えました。そして、生まれて始めて「姥桜」を引きました!

p.135「うばざくら【姥桜】」

「姥桜」のお隣りは「姥捨山」でした。もう全然違う。落差があり過ぎる。

p.293「かなり」
p.1119「としま【年増】」
p.1165「なまめかしい【艶めかしい】」

「かなり」→「年増」→「なまめかしい」。さあ、この流れで語釈を読んでみて下さい。

わたしは、自分がこういう人になりたいかどうか、わからない。ならなくても、構わないです。それよりも、姥桜というこの言葉って、どんな風に使うのですか。悪口なのかな、と思っていましたが、語釈としては悪口ではないですね。誤解されている言葉かも、と思いましたが、ほめ言葉でもないような気がします。ただ「鴻巣 雷作」さんが引いた辞書は、きっと新明解国語辞典だと思いました。

なお、この原稿は三省堂から依頼された訳でもなく、そのため締切りもなく、「書きたくて書きましたよ。はい、送りますよ」と担当者に送りました。

p.191「おしうり【押し売り】」

暇でよくない事をしたのかな、と思っています。

 

筆者プロフィール

鈴木マキコ ( すずき・まきこ)

作家・新解さん友の会会長
1963年東京生まれ。上智大学短期大学部英語学科卒業。97年、「夏石鈴子」のペンネームで『バイブを買いに』(角川文庫)を発表。エッセイ集に『新解さんの読み方』『新解さんリターンズ』(以上、角川文庫)『虹色ドロップ』(ポプラ社)、小説に『いらっしゃいませ』『愛情日誌』(以上、角川文庫)『夏の力道山』(筑摩書房)など。短編集『逆襲、にっぽんの明るい奥さま』(小学館文庫)は、盛岡さわや書店主催の「さわベス2017」文庫編1位に選ばれた。近著に小説『おめでたい女』(小学館)。

 

編集部から

『新明解国語辞典』の略称は「新明国」。実際に三省堂社内では長くそのように呼び慣わしています。しかし、1996年に刊行されベストセラーとなった赤瀬川原平さんの『新解さんの謎』(文藝春秋刊)以来、世の中では「新解さん」という呼び名が大きく広まりました。その『新解さんの謎』に「SM君」として登場し、この本の誕生のきっかけとなったのが、鈴木マキコさん。鈴木さんは中学生の時に出会って以来、長く『新明解国語辞典』を引き続け、夏石鈴子として『新解さんの読み方』『新解さんリターンズ』を執筆、また「新解さん友の会」会長としての活動も続け、第八版が出た直後には早速「文春オンライン」に記事を書いてくださいました。読者と版元というそれぞれの立場から、これまでなかなかお話しする機会が持ちづらいことがありましたが、ぜひ一度お話しをうかがいたく、このたびお声掛けし、対談を引き受けていただきました。「新解さん」誕生のきっかけ、その読み方のコツ、楽しみ方、「新解さん友の会」とは何か、赤瀬川原平さんとの出会い等々、3回に分けて対談を掲載いたしました。その後、鈴木さん自身による「新解さん」の解説記事を掲載しております。ひきつづき、どうぞお楽しみください。