タイプライターに魅せられた男たち・補遺

広告の中のタイプライター(40):Visigraph Typewriter

筆者:
2018年9月13日
『Typewriter Topics』1917年2月号
『Typewriter Topics』1917年2月号

「Visigraph Typewriter」は、スピロ(Charles Spiro)が発明したフロントストライク式タイプライターを、ビジグラフ・タイプライター社が1912年に発売したものです。ただし、上の広告の時点では、ビジグラフ・タイプライター社はコロンビア・タイプライター社の傘下にあって、社名もビジグラフ・タイプライター・マニュファクチャリング社となっていました。

「Visigraph Typewriter」は、42キーのフロントストライク式タイプライターで、円弧状に配置された42本の活字棒(type arm)が、ライバルの「Underwood Standard Typewriter No.5」や、「L. C. Smith & Bros. Typewriter No.2」に似ています。ただし、活字棒の形状は、これらのライバル機とは微妙に異なっています。各キーを押すと、対応する活字棒が立ち上がって、プラテンの前面に置かれた紙の上にインクリボンごと叩きつけられ、紙の前面に印字がおこなわれます。キーを離すと、活字棒とインクリボンは元の位置に戻り、紙の前面に印字された文字が、オペレータから直接見えるようになります。活字棒の先には、活字が2つずつ付いていて、通常の状態では小文字が印字されますが、「SHIFT KEY」(キーボード最下段の左右端)を押すと、プラテンが下がって、大文字が印字されるようになります。プラテンが持ち上がるのではなく、下がる、という点が、「Visigraph Typewriter」を特徴づけていて、「Underwood Standard Typewriter No.5」の特許に抵触しないようになっていました。キーボード上段の左端には「SHIFT LOCK」キーがあって、プラテンを下げたままにすることができます。

「Visigraph Typewriter」のキー配列は、注文に応じて、かなり様々に変更できたようです。基本となるQWERTY配列では、最上段のキーは23456789-½と並んでいて、シフト側は"#$%_&'()!です。次の段はqwertyuiop¼と並んでいて、シフト側はQWERTYUIOP¾です。その次の段はasdfghjkl;¢と並んでいて、シフト側はASDFGHJKL:@です。最下段はzxcvbnm,./と並んでいて、シフト側はZXCVBNM,.?で、左右両端に「SHIFT KEY」があります。最上段の左上にあるのは「M.R.」(マージン・リリース)キー、右上にあるのは「TAB KEY」です。また、最上段と次の段の間の左端に「SHIFT LOCK」キーがあり、右端には黒赤のリボン切り替えスイッチが見えます。

スピロにとって、フロントストライク式の「Visigraph Typewriter」は、ダウンストライク式の「Bar-Lock」に代わる新たなタイプライターでした。しかし、プラテンを下げるシフト機構など、「Visigraph Typewriter」は故障が多く、ライバル機を打ち負かすには至らなかったようです。

筆者プロフィール

安岡 孝一 ( やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

https://srad.jp/~yasuoka/journalで、断続的に「日記」を更新中。