地域語の経済と社会 ―方言みやげ・グッズとその周辺―

第6回 田中宣廣さん:「むがすあったずもな ~ どんどはれ」

筆者:
2008年7月19日

岩手県の遠野市(とおのし)に,『遠野昔話(とおのむかしばなし)』という「方言パフォーマンス」があります。有名なので,知っている人も多いでしょう。たくさん(200~300)のお話が入っています。まとめて遠野昔話と呼んでいるのです。ほとんどのお話が「むがすあったずもな」で始まり,「どんどはれ」で結びます。これが遠野昔話のほぼ決まった形です。今回は,遠野昔話の方言にまつわる話です。

【写真1 語り部の様子】

【写真1】

実は,遠野昔話のすべてが遠野のお話なのではありません。「カッパ淵」や「オシラサマ」など遠野で生まれたお話もありますが,「親父買ってきた男」や「食わず女房」のように狂言や落語によく似たお話があるものも多いのです。それに,昔話も遠野だけのものではありません。多くの他の地方にも似た民話があります。

それなのに,遠野昔話だけが有名なのは,たしかな理由があるからです。次の三つです。

一つめは,遠野昔話は,使っている言語がぜんぶ,遠野の方言であることです。これは遠野昔話の最も大きな特色です。他の地方の民話の多くは,ストーリー中心の言い伝えで,方言の使い方は多くありません。遠野昔話が語られるとき,お話のストーリーとともに,遠野方言を語り聞かせることにその意味があります。

二つめは,遠野昔話は,毎日(無休)決まった時刻に定まった料金で「生」で聞かせていることです。「語り部(かたりべ)」のおばあさんたち(現在は6人)が,「遠野市立とおの昔話村」の「遠野昔話語り部舘」に,交代で出演しています(写真1)。一般410円(入村料+昔話体験)です。//www.city.tono.iwate.jp/index.cfm/19,2212,75,htmlに案内があります。遠野市内には,この他にも生で聞ける場所があります。

三つめは,遠野昔話は,そもそも伝承すべき郷土文化であることです。遠野は,「民話の里」と呼ばれ,民話との深い関係があります。また,小学生に教えて「子ども語り部」として発表させるなど,次の世代に伝え残す努力が,長い間にわたりなされています。

この三つは,言語経済学でとても大切です。その場所に行けば定まった料金で毎日,郷土文化としての質の高い方言を,生で,聞くことができるのです。また,文字に起こされて単行本(写真2)で,録音されてCD(写真3)で,販売されています。写真は一つずつですが,本やCDはたくさんあります。遠野昔話の方言グッズも作られています。Tシャツ(写真4)と,ひょうたん(写真5)です。遠野昔話は,伝承すべき郷土文化であるとともに,言語の商業的利用としても確立されているのです。

【写真2 遠野昔話の本】

【写真2】

【写真3 遠野昔話CD】

【写真3】

【写真4 遠野昔話Tシャツ】

【写真4】

【写真5 遠野昔話ひょうたん】

【写真5】

おしまいに,ことばの説明をします。「むがすあったずもな」は,「昔あったということです」という話し始めのことばです。「ず」は「という=トユー>ツー>ズー>ズ」と変わって今の形になっています。「もな」はやさしく言うことばです。お話の結びのことば「どんどはれ」では,「どんど」は「すべて」,「はれ」は「はらい=祓い」です。お話しのおしまいに,その場(または聞く者の精神のうち)に漂っている言霊(ことだま)を,「すべて祓う」ためのことばだとされています。

この二つは,最近,応用した使われ方もあります。「どんどはれ」は元とは別の意味の当て字「どんど晴れ」で,NHK連続テレビ小説(2007年4月~9月)になりました。「むがすあったずもな」の「ずもな」は,遠野の地ビール「ZUMONA」(上閉伊酒造株式会社製:写真6)になりました。

【写真6 「ズモナ」ビール】

【写真6】

「皆さん 遠野さ おでんすて むがすばなす ちーてがんせ」
(皆さん 遠野に いらっしゃって 昔話を 聞いてくださいな)
~~ どんどはれ ~~

筆者プロフィール

言語経済学研究会 The Society for Econolinguistics

井上史雄,大橋敦夫,田中宣廣,日高貢一郎,山下暁美(五十音順)の5名。日本各地また世界各国における言語の商業的利用や拡張活用について調査分析し,言語経済学の構築と理論発展を進めている。

(言語経済学や当研究会については,このシリーズの第1回後半部をご参照ください)

 

  • 田中 宣廣(たなか・のぶひろ)

岩手県立大学 宮古短期大学部 図書館長 教授。博士(文学)。日本語の,アクセント構造の研究を中心に,地域の自然言語の実態を捉え,その構造や使用者の意識,また,形成過程について考察している。東京都立大学大学院人文科学研究科修士課程修了。東北大学大学院文学研究科博士課程修了。著書『付属語アクセントからみた日本語アクセントの構造』(おうふう),『近代日本方言資料[郡誌編]』全8巻(共編著,港の人)など。2006年,『付属語アクセントからみた日本語アクセントの構造』により,第34回金田一京助博士記念賞受賞。『Marquis Who’s Who in the World』(マークイズ世界著名人名鑑)掲載。

『付属語アクセントからみた日本語アクセントの構造』

編集部から

皆さんもどこかで見たことがあるであろう、方言の書かれた湯のみ茶碗やのれんや手ぬぐい……。方言もあまり聞かれなくなってきた(と多くの方が思っている)昨今、それらは味のあるもの、懐かしいにおいがするものとして受け取られているのではないでしょうか。

方言みやげやグッズから見えてくる、「地域語の経済と社会」とは。方言研究の第一線でご活躍中の先生方によるリレー連載です。