クラウン独和辞典 ―編集こぼれ話―

23 耳の文化と目の文化(4)-漢字の活用-

筆者:
2008年9月8日

よく、ドイツ語はローマ字読みにすればよいと言われるから、正書法は簡単であると思われるかもしれないが、前回も見たように必ずしもそうではない。ただ、英語、フランス語の正書法に比べれば確かにやさしいと言えよう。英語、フランス語には歴史的綴りが多く、極端な言い方をすれば、どの語をどう綴るのかは発音を知っていてもあまり役にたたず、個別に覚えていかなくてはならない。

この発音と綴りの間の対応関係が失われてしまっているという状況は漢字に似ていると言えよう。その限りにおいて、英語やフランス語の歴史的綴りは表意的、表語的であり、全体としてそれぞれの語の意味を表わしているである。

表意的な文字としては漢字の他に数字がある。1, 2, 3などの数字は、読み方、発音は言語によって異なるが、それぞれの数という意味を表しており、そのまま国際的に理解される。このように表意文字は個別言語の音声的な違いを乗り越えて、視覚的に意味の伝達を可能にする。私たちが中国旅行をすると、中国語の文法を知らず、中国語の発音ができなくとも、漢字で表記されていればほぼ意味がわかる。これはたいへん便利である。ヨーロッパに旅行したときは、その国の言語ができない人はアルファベットで書かれている限りは読めたり発音できるが、意味がわからないのとは大違いである。

私は、表音文字による正書法も十分ではないのなら、世界の言語の語幹部分を漢字のような表意文字で書くようにすれば、そのテクストの発音はそれぞれの言語で読むにしても、少なくとも意味内容は、だいたいのところは理解できて便利なのではないかと夢想している。とくに、現代社会にあってはインターネットがますます広まっており、そこでは音声によるコミュニケーションも行われるが、電子メールに見られるように文字によるテクストが主流である。このテクストも意味的要素が漢字などの表意文字で書かれていれば、言語が異なっていても、内容は国際的に理解されるのではないだろうか。

筆者プロフィール

『クラウン独和辞典第4版』編修委員 新田 春夫 ( にった・はるお)

武蔵大学教授
専門は言語学、ドイツ語学
『クラウン独和辞典第4版』編修委員

編集部から

『クラウン独和辞典』が刊行されました。

日本初、「新正書法」を本格的に取り入れた独和辞典です。編修委員の先生方に、ドイツ語学習やこの辞典に関するさまざまなエピソードを綴っていただきます。

(第4版刊行時に連載されたコラムです。現在は、第5版が発売されています。)