耳の文化と目の文化(6)-音素表記(2)
2008年 9月 29日 月曜日 筆者: 新田 春夫クラウン独和辞典―編集こぼれ話―(25)
ドイツ語のアルファベットは英語などにもあるローマ字26文字に加えて、独自の文字としてウムラウト(変母音)と言われるä, ö, üとエスツェットと呼ばれるßがある。ウムラウトは元来ae, oe, ueのように、または、a, o, uの上にeを乗せて表されていたが、16世紀になって現在のような表記になったものである。また、エスツェットはドイツ文字(Fraktur)の縦長のsと縦長のzの合字であり、現在のsと同類の音を表していたが、現代語ではその区別がなくなったから、ssと表記するのと変わらず、音価としては[s]を表している。インターネットなどでこれらの特殊文字が使えない場合はウムラウトをae, oe, ueで、エスツェットをssで表記しても、見た目には締まらないが、読み解くには何の支障もないから、不要とも言えるものである。実際、スイスではもはや使われていない。
ウムラウトのうちöとüはそれぞれ[œ/ø:]と[ʏ/y:]といった独自の音を表すので不可欠と言えるが、äは[ɛ]であり、これはeで表すことができるので不要と言うこともできる。ただ、ウムラウトは本来a,o,uの後にi(弱化してe)が来るような語において前者が後者に引き寄せられることによって生じた音であるので、一つの語の変化形や派生形などに現れる場合が多く、それらの語が同一語源のものであることを示している。äについて言えば、例えば、alt「古い」の比較級、最上級はそれぞれälter, ältestとなる。ただ、発音は[ɛltɐ], [ɛltəst]であるから、音素表記という原則から言えばelter, eltestと表記されるはずのものであるが、視覚的に語の語源的関連を示す方が優先されている。ちなみに、語源意識が失われてしまったEltern「両親」は元来「年長者」という意味である。
しかし、語源意識は人によって様々であるから、今回の正書法改訂にあたっても、従来behende「手際のよい」、Stengel「茎」、verbleuen「ぶちのめす」と表記されていたものが、Hand「手」、Stange「竿」、blau「青い」との語源的関連を示すべくbehände, Stängel, verbläuenと表記されることとなったが、これには強い違和感が持たれている。
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【筆者プロフィール】
新田 春夫(にった・はるお)
武蔵大学教授
専門は言語学、ドイツ語学
『クラウン独和辞典第4版』編修委員
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【編集部から】
「耳の文化と目の文化」をまとめて読むにはこちらです。
2008年2月に『クラウン独和辞典』(第4版)が刊行されました。日本初、「新正書法」を本格的に取り入れた独和辞典です。編修委員の先生方に、ドイツ語学習やこの辞典に関するさまざまなエピソードを綴っていただきます。
2008年 9月 29日







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