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地域語の経済と社会 第49回

2009年 5月 23日 土曜日 筆者: 山下 暁美

地域語の経済と社会―方言みやげ・グッズとその周辺―
第49回「もてなしの方言(北陸・近畿地方)」

(写真はクリックで拡大します)
【写真1】
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【写真2】 【写真3】
左:【写真2】 右:【写真3】
【写真4】 
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【写真5】 【写真6】
左:【写真5】 右:【写真6】
【写真7】 
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【写真8】 
【写真8】

今回は、「もてなしの方言(北陸・近畿地方)」をご紹介します。富山県立山の「来られ」(こられ【写真1】)は、第42回(高岡市)でも紹介されています。

 日本海側を南にくだった石川県には、「ゆっくりしていきねーね」【写真2】、「いらっし みまっし」【写真3】という表現があります。「ゆっくりしていきねーね」は長年、加賀市山中温泉のキャッチコピーとして親しまれているもので、「いきねーね」の「ねー」は南の福井県に連続する、相手にやさしく「~なさい」と勧める文末助詞「ねー」(「ない」の変化形)が動詞のマス形に接続した形です。

 「まっし」は丁寧な命令形とされ、「いらっしゃい みてごらんなさい」と相手に勧める表現です。

 店頭に「寄りまっし」(寄っていらっしゃい)と書かれているのを見かけます。五段動詞は、もともと「寄るまっし」でした。一段動詞がマス形に接続していることと、東京語の「お寄りなさい」が「寄る」のマス形に接続する影響を受けて、「寄りまっし」に変化したとされています。外出する身内に対して「いってらっし」(いってらっしゃい)と言います。

 「のらんけバス」(石川県輪島市【写真4】)は、「のりませんか、バスに」という意味です。「ケ」はぞんざいに聞こえますが、石川県の方言では親しみをこめた誘いの表現です。疑問の文末助詞「か」にあたる「ケ」です。

 福井県嶺北地方では、「きねの」【写真5】は、「またきねの」(またいらっしゃい)、「寄ってきねの」(寄っていらっしゃい)のように勧める場合に使われます。「~ねの」の「ね」は加賀市の「いきねーね」の「ねー」と同じです。

 「おいでやす」【写真6】は、滋賀県湖北地方の木之本の例です。大きなかぶら大根に墨で書いてあります。滋賀県で用いられる「きーな」「きてな」「きゃんせ」(第34回参照)、「きてや」などより少し丁寧な表現で、「いらっしゃい」の意味です。「よーおいでやす」「よーおこしやす」など滋賀県全域で用いられ、この表現は京都府に及びます。京都府から大阪府に入ると「はよ、きてや」が「はよ、きてんか」となります。京都ことばについては、第24回を参照してください。

 「やぶちゃつれもっていこら!」【写真7】は、発音してみると、奈良の大仏もひっくり返るほどの迫力のある表現に聞こえます。いにしえの都のイメージから遠い感じがします。「やうち」(三重)、「やぶち」(長野)、「やぶちゃ」(三重)は、「やぶちゃ出かけてる」(みんな出かけている)のように「みんな」という意味です。「いこら!」は「行こう!」という意味です。「ら」は勧誘、意志形を受けて「~しとこらの」(~しておきましょうよね)のように、複合の形で用いられることもあります。

 「和歌山の温泉に浸かりに来てけ~よ~!」【写真8】の「け~よ~」は、「来てね」の意味です。

 方言グッズが見つからないことでは、奈良県は、滋賀県と並んで有名です。こんなによい表現があるのですから、ぜひ、奈良みやげに使っていただきたいものです。

 本稿の石川県・福井県の方言について金沢大学教授、加藤和夫先生にご助言をいただきました。紙面を借りてお礼申し上げます。

もてなしの方言(北陸・近畿地方)
写真1 立山に来られ 立山 富山県
写真2 ゆっくりしていきね~ね 加賀市 石川県
写真3 いらっし みまっし 白山市
写真4 のらんけバス 輪島市
写真5 きねの(いらっしゃい) (嶺北地方) 福井県
写真6 おいでやす 木之本 滋賀県
写真7 やぶちゃつれもっていこら!
(みんな、一緒に行こう!)
川上 奈良県
写真8 和歌山の温泉に浸かりに来てけ~よ~!
(和歌山の温泉に浸かりに来てね!)
  和歌山県

 (※写真5は手拭い番付による「きねの(西方前頭)」)

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【筆者プロフィール】

言語経済学研究会 The Society for Econolinguistics
 井上史雄大橋敦夫田中宣廣日高貢一郎山下暁美(五十音順)の5名。日本各地また世界各国における言語の商業的利用や拡張活用について調査分析し,言語経済学の構築と理論発展を進めている。
(言語経済学や当研究会については,このシリーズの第1回後半部をご参照ください)

『海外の日本語の新しい言語秩序―日系ブラジル・日系アメリカ人社会における日本語による敬意表現』『書き込み式でよくわかる 日本語教育文法講義ノート』山下暁美(やました・あけみ)
明海大学外国語学部・大学院応用言語学研究科教授。博士(学術)。
専門は、日本語教育学・社会言語学。研究テーマは、移民百年を迎えた、ブラジル、アメリカ合衆国などにおける日本語の変化、外国人の日本定住化による共生時代の日本語教育政策。
著書に『書き込み式でよくわかる日本語教育文法講義ノート』(共著、アルク)、『海外の日本語の新しい言語秩序』(単著、三元社)、『スキルアップ文章表現』(共著、おうふう)、『スキルアップ日本語表現』(単著、おうふう)、『解説日本語教育史年表(Excel 年表データ付)』(単著、国書刊行会)、『ふしぎびっくり語源博物館4 歴史・芸能・遊びのことば』(共著、ほるぷ出版)などがある。

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【編集部から】
皆さんもどこかで見たことがあるであろう、方言の書かれた湯のみ茶碗やのれんや手ぬぐい……。方言もあまり聞かれなくなってきた(と多くの方が思っている)昨今、それらは味のあるもの、懐かしいにおいがするものとして受け取られているのではないでしょうか。
方言みやげやグッズから見えてくる、「地域語の経済と社会」とは。方言研究の第一線でご活躍中の先生方によるリレー連載の始まりです。

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2009年 5月 23日