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漢字の現在:珍しい字との再会方法

2009年 7月 9日 木曜日 筆者: 笹原 宏之

漢字の現在 第42回 珍しい字との再会方法

 小さいころから皆と違ったことを好む、変わった子供であった私は、漢字に関心を抱いてしまってからは、気になることが増えはじめた。

 それだけに、漢字に関して、目にとまった面白い情報であっても、「こんなものは保存しておく必要がない」と、否定的な判断を下し、読み捨ててしまったものがいくつもあった。今となっては、それらの情報となかなか再会しがたく、悔いの残ることである。

 それでも、それらの記載と再び巡り会える奇跡が稀に起こる。

 数字の区切り方で、かつて新聞で、アラビア数字の表記法について、「10,000」のような3桁区切りでは日本人にとっては読み取りづらい、「1,0000」のように4桁区切りにしないと日本語にはふさわしくないとし、3桁区切りに合わせた新しい単位を表す語を設けようといった主張を含む投書を読んだ。それに応えた投書のやりとりもあり、それらには新しい単位として「サウザンド」「ミリオン」「ビリオン」などに漢字を当てて、「千」「万」「億」などに準じた新たな単位として「美」などの漢字による語を作ろう、というような言説が現れていた。

 読みながら、「へえ」と関心は持ったが、切り抜くこともメモをとることもせず、読み流してしまった。時が流れ、やがて漢字や国字を専門とするようになり、「あれはいったい何という字だったのか。もし当て字ではなく造字だったとすれば……」などと、気に掛かりだした。

 子供ながらに、何かの根拠を持った規範意識が働いて、情報を選別していたのだが、それが仇となる。大学に入り、早稲田の7号館、今はない図書室で、それを求めて数学関連の書籍をあてどなくめくっていたとき、何冊めかでふとその情報に行き当たった。その新聞記事がきちんと引用された箇所が目に飛び込んできた。人けのないその部屋を出て、図書館で縮刷版に当たり、ついにそれに辿り着けたのだった。記憶の底のそれよりも短い文章ではあったが、「美」などの当て字が確かにあった(内容などは、また見つからなくなっているため不詳)。

 「イ+考く」。「働く」をこのように書くべきだという話を何かの新聞の広告欄で目にしたこともあった。これは、個人文字、位相文字の好例なのだが、子供の私はむしろ「フン」という目で見て、その貴重な実例をあえて拾おうとはしなかった。これも、国字を専門とするようになり、「働」自体も国字であるだけに、何で見かけたのか、その後も雑誌などで追いかけたが、見つからずにいた。

 都内の女子大学に就職してから、JIS漢字の幽霊文字調査を目的として、国立国語研究所を訪ね、新聞の切り抜きデータベースを親切かつ手厚く見せていただいていたことがあった。確かその時だったか、そこにこの字についての記録が残っていることを見かけた。そこで、その日か後日になってからか、実際に切り抜きで確認させてもらったところ、少年時に見た、まさにその記事が保管されていた。当時の研究所と同じく東京都の区部で、届いた新聞を眺めていたことが幸いし、ちょうど保存対象となっていたという可能性もある。

 年少時特有のいわれのない規範意識に加え、記憶力への過信があったことも反省すべきである。こういう想い出の中の珍しい字との奇遇ともいえる再会のためには、アナログ的な手法では限界を感じることが多い。しかし、それらを探し求める過程で、思わぬ字との新たな出逢いも、また決まって起こるもので、もどかしいながら楽しいものであった。時間がたくさんあったころの苦しみと特権であった。

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【筆者プロフィール】

『国字の位相と展開』笹原宏之(ささはら・ひろゆき)
 早稲田大学 社会科学総合学術院 教授。博士(文学)。日本のことばと文字について、様々な方面から調査・考察を行う。早稲田大学 第一文学部(中国文学専修)を卒業、同大学院文学研究科を修了し、文化女子大学 専任講師、国立国語研究所 主任研究官などを務めた。経済産業省の「JIS漢字」、法務省の「人名用漢字」、文部科学省の「常用漢字」などの制定・改正に携わる。著書に、『日本の漢字』(岩波新書)、『国字の位相と展開』(三省堂)『訓読みのはなし 漢字文化圏の中の日本語』(光文社新書)などがある。2007年度 金田一京助博士記念賞を受賞

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【編集部から】
漢字、特に国字についての体系的な研究をおこなっている笹原宏之先生から、身のまわりの「漢字」をめぐるあんなことやこんなことを「漢字の現在」と題してご紹介いただいております。前回は「「都」が変化する意義」でした。

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2009年 7月 9日