人名用漢字の新字旧字

第52回 「玻」は常用平易か(第2回)

筆者:
2010年2月2日

(第1回からつづく)

玻南ちゃん事件の即時抗告審

名古屋家庭裁判所の審判に対して、「玻南」ちゃんの両親は、名古屋高等裁判所に即時抗告しました。「玻」は常用平易とは認められない、とする名古屋家庭裁判所の審判は、両親には全く納得のいかないものだったのです。両親は、「玻」を含む児童書や高校教科書を探し出し、ダンボール1箱分の資料を名古屋高等裁判所に提出しました。さらに、複数の携帯電話で「玻」が現れる順序を調べて、人名用漢字のうち旧字にあたる漢字は、そのほとんどが「玻」より変換しにくいことを示しました。「玻」が常用平易であることを、様々な視点から主張したのです。

平成21年10月27日、名古屋高等裁判所は、両親の即時抗告を棄却しました。「玻」を常用平易とは認めなかったのです。常用性を認めなかった理由の一つは、以下のようなものでした。

抗告人らは、「玻」の文字のあらゆる用例を自ら及び周囲の者らの協力によって探し当て、証拠等として提出しているものであり、その努力には並々ならぬものが認められるが、逆に、このような非常な努力なしに「玻」の用例を収集し得ないこと自体が、その常用性の乏しさを示しているともいえる。

この棄却決定に対し、両親は、最高裁判所への特別抗告と許可抗告の両方をおこなうことを決めました。家事審判においては、高等裁判所の決定に不服がある場合、最高裁判所への特別抗告をおこなう方法と、最高裁判所への許可抗告をおこなう方法の2つがあります。「玻南」ちゃんの両親は、その両方をおこなうことにしたのです。

最高裁への特別抗告

実は、高裁決定に不服があるだけでは、最高裁判所への特別抗告はおこなえません。特別抗告は、高裁決定における憲法違反を理由としてのみ、申立が可能なのです(民事訴訟法第336条)。そこで、「玻南」ちゃんの両親は、憲法第14条(法の下の平等)違反および憲法第13条(個人としての尊重)違反を理由として、特別抗告を申し立てました。

これに加え両親は、「児童の権利に関する条約」第7条に対する違反にも言及しています。

第7条   1    児童は、出生の後直ちに登録される。児童は、出生の時から氏名を有する権利及び国籍を取得する権利を有するものとし、また、できる限りその父母を知りかつその父母によって養育される権利を有する。
2    締約国は、特に児童が無国籍となる場合を含めて、国内法及びこの分野における関連する国際文書に基づく自国の義務に従い、1の権利の実現を確保する。

すなわち、戸籍法第50条は常用平易を判断する枠組をきっちりと決め切れておらず、それが結果として「出生の時から氏名を有する権利」を阻害している、というのが、両親の主張なのです。

(第3回「最高裁への許可抗告」につづく)

筆者プロフィール

安岡 孝一 ( やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター准教授。京都大学博士(工学)。JIS X 0213の制定および改正で委員を務め、その際に人名用漢字の新字旧字を徹底調査するハメになった。著書に『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字コードの世界』(東京電機大学出版局)、『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

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