クラウン独和辞典 ―編集こぼれ話―

90 スパゲティの食べ方

筆者:
2010年5月10日

スパゲッティの正式な食べ方と問われれば、大抵の日本人がスプーンとフォークを使った食べ方を答えるだろうが、実際にはイタリアではスプーンもいらないと聞いたことがある。そんなことより日本人が注意した方が良いのは、焼きそばやラーメンのように音を立ててスパゲティを啜り上げないようにすることだろう。生まれ育ちが違うから、われわれ日本人にとってめん類を音を立てずに食べるのは窮屈至極だが、向こうは向こうで子供の頃から叩き込まれているので、ヨーロッパ人にとって近くで音を立ててめん類を食べられることは、公然とゲップ(ausstoßen, rülpsen)を聞かされたり、目の前で大の大人に洟をすすられたりするくらい不快きわまりないのである。(因みに後の二つも日本人はよく注意した方が良い)

ところでイタリア人以外にとって、フォークだけでものを食べるのは大変落ち着かないことだし、具合の悪いことらしい。知り合いのドイツ人はスパゲティをナイフとフォークで食べていた。驚いて聞くと、スパゲティの作法に反することは知っているが、ナイフを使わないとどうもうまく食べられないのだ、という答えだった。ある北欧人もナイフとフォークでスパゲティを食べる習慣で、日本人が驚いて指摘すると、他に一体どうやって食べるんだと心底不思議そうに聞き返したという。他でも聞くから、スパゲティをナイフとフォークで食べているヨーロッパ人は結構いるようである。

ついでに言っておくと、スパゲティを茹でながら隣でソースを作っておき、茹で上がったスパゲティに直ぐソースを絡めて、全体が混ざった状態を熱々ですすめるのが本格的だが、あれも実はドイツ人には気に入らない、とは言わないまでも、落ち着かない調理法なのだそうだ。茹だったスパゲティを皿に盛る。その上からおもむろにソースをかける。混ざらない状態ですすめて、各人が混ぜながら食べていく、とこれが料理の理想なのだと、友人のドイツ人が話してくれたことがある。

筆者プロフィール

『クラウン独和辞典第4版』編修委員 石井 正人 ( いしい・まさと)

千葉大学教授
専門はドイツ語史
『クラウン独和第4版』編修委員

編集部から

『クラウン独和辞典』が刊行されました。

日本初、「新正書法」を本格的に取り入れた独和辞典です。編修委員の先生方に、ドイツ語学習やこの辞典に関するさまざまなエピソードを綴っていただきます。

(第4版刊行時に連載されたコラムです。現在は、第5版が発売されています。)