地域語の経済と社会 ―方言みやげ・グッズとその周辺―

第116回 田中宣廣さん:大阪弁の威力

筆者:
2010年9月11日

1993年から放映されたテレビCMのキャッチコピー「勉強しまーっせ。引っ越しのー○○○。」は,かなりのインパクトをもって全国に届きました。出演していた俳優さんも,その後多くの映画やテレビドラマで大活躍していますが,今でも「引っ越しの○○○の人」と言えば分かってもらえるくらい,多くの人の記憶に残っています。

(注)「勉強する」は,商業やサービス業で「値引きする」意です。関西発祥の表現ですが,現代では他地方でもよく使われています。

このインパクトの強さの理由は,いくつかあると思いますが,やはり,このCMコピーが大阪弁=大阪方言であったこともそのうちの重要な一つであると思います。
 この会社は,たしかに大阪で発祥しましたが,このCMは大阪の人だけに向けたものではなく,また,特に大阪に引っ越して来てほしいというわけでもありません。
 つまり,大阪方言に「全国の人に強い印象を植え付ける」効果を認めることができるのです。CM作者がこういう大阪方言の使用目的を持っていたかどうかは確認していませんが,結果として,この効果が出ているのは確かです。

この大阪方言の使い方は,上で述べたとおり,方言メッセージの基本の使い方とだいぶ異なるもので,大阪方言の威力が認められます。今回は,このような例を紹介します。

まず,東京で見つけた大阪方言のメッセージ2例です。新宿駅近く(想い出横丁付近)の金券ショップの案内「…ありまっせ!!」【写真1】と,JR高田馬場駅戸山口(新大久保寄りの小さな改札口)すぐそばの飲食店の案内「…あげてまっせ」【写真2】です。東京で大阪方言のメッセージは,確かに目立ちますね。

【写真1 新宿の大阪弁】 
【写真1 新宿の大阪弁】
【写真2 高田馬場の大阪弁】
【写真2 高田馬場の大阪弁】

次は,明星食品株式会社のカップ麺の方言ネーミング「○○でっせ」です【写真3】。6種類あります>>【写真3】をクリック。「すうどん」は,関西料理ですが,他の5種類は,麺自体の名称は全国共通のものですし,この6種とも関西地域限定販売ではありません。名称とともに,「麺もスープ[つゆ]もめっちゃ旨い!」という説明も大阪方言です。

【写真3 ラーメンでっせ】
【写真3 ラーメンでっせ】
(クリックで全6種類を表示)

もう一つ,山崎製パン株式会社のパンの方言メッセージ「うちら…ええ感じに…ってなんでやねんっ!」【写真4】も紹介しておきます。このシリーズで,他のものは,共通語が使われているようですし,やはり,全国販売品です。

【写真4 パンの大阪弁】
【写真4 パンの大阪弁】
(クリックで全体を表示)

この“大阪弁の威力”,ものすごい!と思いますが,皆さん如何でしょう?

筆者プロフィール

言語経済学研究会 The Society for Econolinguistics

井上史雄,大橋敦夫,田中宣廣,日高貢一郎,山下暁美(五十音順)の5名。日本各地また世界各国における言語の商業的利用や拡張活用について調査分析し,言語経済学の構築と理論発展を進めている。

(言語経済学や当研究会については,このシリーズの第1回後半部をご参照ください)

 

  • 田中 宣廣(たなか・のぶひろ)

岩手県立大学 宮古短期大学部 図書館長 教授。博士(文学)。日本語の,アクセント構造の研究を中心に,地域の自然言語の実態を捉え,その構造や使用者の意識,また,形成過程について考察している。東京都立大学大学院人文科学研究科修士課程修了。東北大学大学院文学研究科博士課程修了。著書『付属語アクセントからみた日本語アクセントの構造』(おうふう),『近代日本方言資料[郡誌編]』全8巻(共編著,港の人)など。2006年,『付属語アクセントからみた日本語アクセントの構造』により,第34回金田一京助博士記念賞受賞。『Marquis Who’s Who in the World』(マークイズ世界著名人名鑑)掲載。

『付属語アクセントからみた日本語アクセントの構造』

編集部から

皆さんもどこかで見たことがあるであろう、方言の書かれた湯のみ茶碗やのれんや手ぬぐい……。方言もあまり聞かれなくなってきた(と多くの方が思っている)昨今、それらは味のあるもの、懐かしいにおいがするものとして受け取られているのではないでしょうか。

方言みやげやグッズから見えてくる、「地域語の経済と社会」とは。方言研究の第一線でご活躍中の先生方によるリレー連載です。