地域語の経済と社会 ―方言みやげ・グッズとその周辺―

第128回 日高貢一郎さん:「トイレはきれいに…」先取りのお礼

2010年12月4日

観光地など、特に団体旅行で大勢の人が訪れる場所のトイレは混雑します。次の観光ポイントにバスで移動するなど、時間が限られていると非常に慌ただしく、そそくさと用を足さないといけません。「せいては事を仕損ずる」?

【写真1 三重県伊勢神宮近くのトイレで】
【写真1 三重県伊勢神宮近くのトイレで】
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きれいに使ってほしいというお願いの掲示はよく目にします。ちょっとひねった、男性の小用への“警告文”=例えば、和歌ふうに「急ぐとも 心静かに手を添えて 外に散らすな 白玉(朝顔)の露」などと短冊に書いて貼ってあるのを、何度か見たことがあります。

方言で書かれたお願いも、まま見られます。旅先で出会った場合には、ちょっとした“旅情”も感じられて、いっそう効果的です。

その具体例、三重県の伊勢神宮の参道近くのトイレにあったのが、次の一文です。何だか、地元の人から、じかにそう語りかけられているような気分になります。

いつもきれいに
つこてもうて、
おおきんな

【写真2 山口市瑠璃光寺そばのトイレで】
【写真2 山口市瑠璃光寺そばのトイレで】
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また、山口市瑠璃光寺そばのみやげもの店で見かけた掲示には、次のように書いてありました。「ようおいでました/うれしゅうあります/ぶち〔非常に〕気持ちがええ」などは、いかにも山口県の方言らしい表現です。

ようおいでました
いっつも綺麗に使うてもろうて、
ほんと嬉しゅうあります。
お客様も皆 喜んじょります。
次ぃ使う時、ぶち気持ちがええ♪
皆様に… 感謝感謝♪♪

いずれも、ただ文章だけでなく、イラストが入っていて目立ちますし、ふっと気分がなごみます。後者には♪まで付いています。しかも使う前から先取りの感謝までされては、ヘタな利用はできません。「トイレはきれいに使いましょう!」

筆者プロフィール

言語経済学研究会 The Society for Econolinguistics

井上史雄,大橋敦夫,田中宣廣,日高貢一郎,山下暁美(五十音順)の5名。日本各地また世界各国における言語の商業的利用や拡張活用について調査分析し,言語経済学の構築と理論発展を進めている。

(言語経済学や当研究会については,このシリーズの第1回後半部をご参照ください)

 

  • 日高 貢一郎(ひだか・こういちろう)

大分大学名誉教授(日本語学・方言学) 宮崎県出身。これまであまり他の研究者が取り上げなかったような分野やテーマを開拓したいと,“すき間産業のフロンティア”をめざす。「マスコミにおける方言の実態」(1986),「宮崎県における方言グッズ」(1991),「「~されてください」考」(1996),「方言によるネーミング」(2005),「福祉社会と方言の役割」(2007),『魅せる方言 地域語の底力』(共著,三省堂 2013)など。

編集部から

皆さんもどこかで見たことがあるであろう、方言の書かれた湯のみ茶碗やのれんや手ぬぐい……。方言もあまり聞かれなくなってきた(と多くの方が思っている)昨今、それらは味のあるもの、懐かしいにおいがするものとして受け取られているのではないでしょうか。

方言みやげやグッズから見えてくる、「地域語の経済と社会」とは。方言研究の第一線でご活躍中の先生方によるリレー連載です。