クリストファー・レイサム・ショールズ(10)
2011年 10月 27日 木曜日 筆者: 安岡 孝一タイプライターに魅せられた男たち・第10回
しかし、ショールズのポータブル・タイプライターは、結局、発売には至りませんでした。E・レミントン&サンズ社は、タイプライター部門をスピンアウトし、新たにレミントン・スタンダード・タイプライター社を設立したのですが、新しい会社はショールズやデンスモアとの新たな取引を嫌ったのです。

The Sholes & Glidden Type Writer
しかも、レミントン・スタンダード・タイプライター社は、小文字も打てる「Remington Standard Type-Writer No.2」の販売を促進するために、「Reminton Type-Writer No.1」の中古品を下取りしました。その上で、中古品の「Remington Type-Writer No.1」のフットペダルを外し、美しいデコレーションを施した上で、「The Sholes & Glidden Type Writer」として再販売したのです。大文字しか打てないタイプライターに、もはや実用的な価値はなく、歴史的な装飾品として販売することにしたわけです。
1888年1月9日、ショールズの妻メアリーが亡くなりました。享年66。47年近くに渡る結婚生活で、夫ショールズを支えてきた女性でした。1889年9月16日には、デンスモアがブルックリンで亡くなりました。享年69。善しにつけ悪しきにつけ40年もの間、ショールズの最大のパートナーでした。
この頃、ドッジ(Horace Austin Dodge)という人物が、ショールズの所へと足しげく訪ねてきていました。ドッジは、レミントン・スタンダード・タイプライター社の顧問弁護士でした。同社の親会社となったウィックオフ・シーマンズ&ベネディクト社に、ショールズのタイプライター特許を全て譲渡させるべく、ショールズと交渉を重ねていたのです。そして1890年2月13日、ショールズはドッジの書類にサインしました。莫大なロイヤリティと引き換えに、ショールズのタイプライター特許は、ウィックオフ・シーマンズ&ベネディクト社に譲渡されました。4日後の1890年2月17日、ショールズは永眠しました。71歳の誕生日の3日後でした。翌々日の2月19日、ショールズの葬儀は、ラシーヌ通り833番地の自宅でおこなわれ、ショールズの亡骸は、フォレスト・ホーム墓地に埋葬されました。
その29年後の1919年2月14日、ショールズ生誕100年を記念して、フォレスト・ホーム墓地に、ショールズのモニュメントが建てられました。年老いたウェラーが、レミントン・タイプライター社に働きかけて、このモニュメントは実現しました。モニュメントを建てるにあたり、ウェラーはある言葉をモニュメントに入れるべきだ、と主張しました。ショールズにふさわしく「タイプライターの父」(The father of the typewriter)。そう刻まれたショールズのモニュメントは、今もミルウォーキーのフォレスト・ホーム墓地の一角で、静かに佇んでいるのです。

フォレスト・ホーム墓地に残るショールズのモニュメント
(クリストファー・レイサム・ショールズ終わり)
【筆者プロフィール】
安岡孝一(やすおか・こういち)
京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター准教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)、『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)、『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。
http://slashdot.jp/~yasuoka/journalで、断続的に「日記」を更新中。
編集部から
安岡孝一先生の新連載「タイプライターに魅せられた男たち」は、毎週木曜日に掲載予定です。
ご好評をいただいた「人名用漢字の新字旧字」の連載は第91回でいったん休止し、今後は単発で掲載いたします。連載記事以外の記述や資料も豊富に収録した単行本『新しい常用漢字と人名用漢字』もあわせて、これからもご愛顧のほどよろしくお願いいたします。







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