フランク・エドワード・マッガリン(9)
2011年 12月 29日 木曜日 筆者: 安岡 孝一タイプライターに魅せられた男たち・第19回
1889年1月22日、マッガリンは、シンシナティ速記協会(Cincinnati Stenographers’ Association)の招きで、シンシナティのホプキンス・ホールにいました。300人もの観衆の前で、速記とタイプライターのデモンストレーションをおこなうためです。会長のハワード(Jerome Bird Howard)の紹介でステージに現れたマッガリンは、ウィックオフ・シーマンズ&ベネディクト社のマクレイン(John Fleming McClain)の読み上げで、口述タイピングのトライアルを7回おこないました。この時のマッガリンの最高記録は、毎分118ワードでした。さらにマッガリンは、速記録の清書や、「Now is the time for all good men to come to the aid of the party.」という同じ文章を繰り返し打つトライアルをおこないました。
そして、トローブがステージに呼び出されました。半年前にマッガリンに敗退したトローブが、マッガリンに再戦を挑んだのです。約束通りトローブは「Caligraph No.2」を捨てており、マッガリンと同じ「Remington Standard Type-Writer No.2」で、5分間の口述タイピングがおこなわれることになりました。ただし、レミントンにおける経験の差を考慮して、トローブには10%のハンディキャップが与えられました。マッガリンは別室に下がり、マクレインの読み上げで、トローブが先に口述タイピングをおこないました。結果は434ワードで、毎分平均86.8ワードでした。次に、マッガリンが全く同じ口述タイピングをおこない、結果は447ワードで、毎分平均89.4ワードでした。10%のハンディキャップを含めると、トローブの勝利です。半年前に「Caligraph No.2」で敗退したトローブが、たった半年「Remington Standard Type-Writer No.2」を使っただけで、今度は勝利してしまったのです。
ただし、トローブの勝利には、実はウラがありました。一つはマクレインの読み上げです。口述タイピングのスピードは、読み上げをおこなう者にかなり左右されるのです。先攻がトローブで、10%のハンディキャップ付きというのも、妙に作為的です。マクレインにその気があれば、トローブのスピードを見てから、ほんの少し速くマッガリンに口述すればいいのです。その結果、マッガリンは敗退しますが、それは10%のハンディキャップによるものですから、マッガリンの名声は傷つきません。さらにもう一つ、トローブは434ワード中、166ワードもの打ち間違いがありました。対するマッガリンは、447ワード中、打ち間違いはわずかに1つだけでした。つまり、打ち間違いを差し引いたならば、トローブが268ワードに対し、マッガリンが446ワードで、現実にはマッガリンの圧倒的勝利だったのです。
しかし、ホプキンス・ホールの聴衆には、そのことは全く伝えられませんでした。「Caligraph No.2」を捨てて「Remington Standard Type-Writer No.2」に乗り換えたトローブは、たった半年でマッガリンに匹敵するタイピストとなった、ということを示すのが、マクレインと、そしてマッガリンの狙いだったのです。
(フランク・エドワード・マッガリン(10)に続く)
【筆者プロフィール】
安岡孝一(やすおか・こういち)
京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター准教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)、『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)、『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。
http://slashdot.jp/~yasuoka/journalで、断続的に「日記」を更新中。
編集部から
安岡孝一先生の新連載「タイプライターに魅せられた男たち」は、毎週木曜日に掲載予定です。
ご好評をいただいた「人名用漢字の新字旧字」の連載は第91回でいったん休止し、今後は単発で掲載いたします。連載記事以外の記述や資料も豊富に収録した単行本『新しい常用漢字と人名用漢字』もあわせて、これからもご愛顧のほどよろしくお願いいたします。







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