日本語社会 のぞきキャラくり

補遺第3回 化粧について

筆者:
2012年3月4日

先日、会話途中で相手の女性の顔をよく見ると眉が四本あった。「これはいくらなんでも教えてあげなければ。いや、それはセクハラでは」と思っているうち、話がメチャクチャになってしまった。

だからというわけではないが、私はいま化粧に凝っている。自分がしようというわけではない。さまざまな化粧法の何たるかを学び、それらを通して世の中の複雑さを少しでも理解したいと思っている。

前回述べたように『のぞきキャラくり』を書いて人品骨柄を問われることもあったわけだが、私たちの日常の発話を「ことばつき」、つまり顔つきや体つきと似たようなものとする考えをなんとか打ち出せたのはよかったと思っている。

顔つきや体つきは人それぞれ、といっても大まかなタイプがある。人は自身の顔つきや体つきをコントロールして或るタイプから別のタイプへと変えることはできない。いや、実はカツラをかぶったり脂肪を吸引したり、コントロールすることは結構あるのだが、コントロールできない「ことになっている」。

私たちの発話にもこれらと似た面がある。「何でも、知(ち)ってるもん」と胸を張る幼児は、その幼い発音によって自分が幼児であることを表そうとはしていない。「冷えますのお」と挨拶する老人も、そのことば遣いによって自分が老人であることをわざわざ相手に伝えようなどとはしていない。ただふつうに素でしゃべるとそういう発話になるだけである。いや、実は密かに計算して、そういうことばをわざと使っていることもあるかもしれないが、そういうことはない「ことになっている」-私たちの日常発話を「目的達成のための道具」と見る伝統的な考えだけでなく、このような「ことばつき」の考えが言語観察には必要だと、曲がりなりにも示せたのはよかった。

といっても、『のぞきキャラくり』で果たせたことはごくわずかで、できなかったことの方が遥かに多い。化粧というものは、そのことをはっきりわからせてくれるように思う。

インターネットを見ると、「ナチュラルメイク」という語には少なくとも二通りの異なる理解があることがわかる。一つは、「素顔」に見える化粧、という理解である。例を(1)に挙げる。

(1) a. 成功したナチュラルメイクというのはメイクしてるように見えないのにキレイに見えるということ、自分の魅力を最大限に引き出しつつ、個性を邪魔しないメイクのことなのです。
[//josei.s353.xrea.com/MOTELU16.htm, 最終確認日: 2012年2月19日]
b. この結果から、女性はすっぴんになったフリをして、実はすっぴんに見えるようなナチュラルメイクをしていることも時と場合によって必要かもしれません。
[//www.dreamnews.jp/?action_press=1&pid=0000007234, 最終確認日: 2012年1月29日]

(1a)に「メイクしてるように見えない」とあり、(1b)に「すっぴんになったフリをして」とあるのは、この理解によるものだろう。

「ナチュラルメイク」のもう一つの理解は、「自然な化粧をしている」ように見える化粧、というものである。例を(2)に挙げる。

(2) a. ナチュラルメイクは手抜きメイクとも違うし、ノーメイクに近いというわけではありません。
 ・きちんとメイクしているのにナチュラルに見える
 ・すっぴんもキレイなんだろうなと思わせる
そんな上級者メイクなのです。
[//bihada-mania.jp/blog/9406, 最終確認日: 2012年1月29日]
b. ナチュラルメイクって難しい! すっぴんと思われても困るし、自然だけどキレイ・・・ ナチュラルメイクはテクニックが最高にいる技です。
[//ameblo.jp/misoziko/entry-11054732086.html, 最終確認日: 2012年1月29日]

(2a)に「すっぴんもキレイなんだろうなと思わせる」とあり、(2b)に「すっぴんと思われても困るし」とあるのは、この理解に基づくものだろう。

(1)の理解と(2)の理解はつながっているのかもしれないが、ネット上だけでなく現実にも、(1)の理解をする話者、(2)の理解をする話者がともに確認でき(正式な調査はしていないが若年層の女性は(2)の理解に偏るように思える)、やはりこの語に対する人々の理解が一様でないことをうかがわせる。

「ナチュラルメイク」だけでもむずかしいのに、最近はその上「すっぴん(風)メイク」というのもあるらしい。例を(3)に挙げる。

(3) a. すっぴん風メイク~ナチュラルメイク以上に優しい印象を作る♥~
[//www.peachdrops.net/full/natural/natural001/, 最終確認日: 2012年1月29日]
b. 26歳、女性です。最近、芸能人がブログにすっぴん画像を公開したり、 CMでもメイクしていないように見える人もいたりします。すっぴんメイクというものが流行っていると聞きましたが、ナチュラルメイクとは何が異なるのでしょうか?
回答26807:ナチュラルメイクもすっぴんメイクもほとんど同じようには思いますが、ナチュラルメイクの方がベースメイクをしっかりしていますよね。すっぴんメイクは、顔のパーツ等を補う程度で済ませるメイクのように思います。
[//qa.news.mynavi.jp/question/6032/, 最終確認日: 2012年1月29日]

ここで言われている「すっぴん(風)メイク」は、「ナチュラルメイク」を第一の理解でとらえたものと同じかもしれない。が、違うかもしれない。オジサンにはなかなかむずかしいものがあるな。

『のぞきキャラくり』で取り上げたキャラクタに『美人』キャラというものがある。『美人』キャラとは何か。美しさを装わず、あくまで自然、素のままでいる「ことになっていて」、それでいて美しいのが『美人』キャラである。したがって、もしも『美人』キャラの美しさが実は化粧で取り繕われたものだとしたら、その化粧とは「素顔を装った化粧」つまり「ナチュラルメイク」(第一の理解)だということになる。『のぞきキャラくり』で「キャラクタ」という考えを持ち出すことによって光を当てたのは、化粧でいえばこの「ナチュラルメイク」(第一の理解)のカラクリである。

しかし現実の日本語社会には「ナチュラルメイク」(第一の理解)の他にもさまざまな化粧があり、それらの化粧は「キャラクタ」という考えだけですぐ説明できるわけではない。世の中、複雑だよなあ。

だが、さまざまな化粧の中で一番基本的な化粧といえば、やはり「ナチュラルメイク」(第一の理解)ではないだろうか。「キャラクタ」という考えは、そう捨てたものではなく、複雑な日本語社会の、最も基本的なところをついているのではないだろうか。(続)

筆者プロフィール

定延 利之 ( さだのぶ・としゆき)

神戸大学大学院国際文化学研究科教授。博士(文学)。
専攻は言語学・コミュニケーション論。「人物像に応じた音声文法」の研究や「日本語・英語・中国語の対照に基づく、日本語の音声言語の教育に役立つ基礎資料の作成」などを行う。
著書に『認知言語論』(大修館書店、2000)、『ささやく恋人、りきむレポーター――口の中の文化』(岩波書店、2005)、『日本語不思議図鑑』(大修館書店、2006)、『煩悩の文法――体験を語りたがる人びとの欲望が日本語の文法システムをゆさぶる話』(ちくま新書、2008)などがある。
URL://ccs.cla.kobe-u.ac.jp/Gengo/staff/sadanobu/index.htm

最新刊『煩悩の文法』(ちくま新書)

編集部から

「いつもより声高いし。なんかいちいち間とるし。おまえそんな話し方だった?」
「だって仕事とはキャラ使い分けてるもん」
キャラ。最近キーワードになりつつあります。
でもそもそもキャラって? しかも話し方でつくられるキャラって??
日本語社会にあらわれる様々な言語現象を分析し、先鋭的な研究をすすめている定延利之先生の「日本語社会 のぞきキャラくり」。毎週日曜日に掲載しております。