タイプライターに魅せられた女たち・第101回

メアリー・オール(10)

筆者:
2013年10月10日

1907年9月27日、オール女史は、レミントン・タイプライター社の常務取締役に選出されました。レミントン・タイプライター社の取締役会は、それまでは9人構成だったのですが、それを11人に増やすにあたり、ヴァン・バスカーク(Francis E. Van Buskirk)とオール女史が、新たに常務取締役に加わったのです。

これは、オール女史にとっても、そしてアメリカ中の働く女性たちにとっても、記念すべき出来事となりました。レミントン・タイプライター社のみならず、アメリカの大企業で女性の常務取締役が選出されたことは、それまで一度もなかったからです。多くの新聞が、オール女史の「シンデレラ・ストーリー」を書き立てました。22歳そこそこでタイピストとして入社した美人女性が、41歳でとうとう常務取締役にまで登り詰めたのですから。ただ、オール女史の考えは、それとは少し違っていたようです。『Success Magazine』の1907年12月号で、マーフィー夫人(Claudia Quigley Murphy)のインタビューに、オール女史は、こう答えています。

ある女の子が、本当の意味での社会への参画と、そして社会における成功とを目指す場合、もし彼女の前に速記者という道が開かれているのなら、その道以上に成功の可能性のある道を、私は知りません。速記者という立場は、会社組織における「秘密」を、全て知りうる立場であり、その全てを任される立場なのです。一般に、大企業における秘書には、女性が選ばれることもあります。そこでは、性別の壁といったものは、非常に速いスピードで崩れていきつつあり、能力のある女性がチャンスをものにしたならば、その女性は、もはや「籠の鳥」に戻ることはありません。

可愛らしい女の子だけが、速記者の職にありつくことができる、というまことしやかな話を、しばしば耳にすることがあります。けれども、この話は、事実というよりは、フィクションにかなり近いものなのです。どちらかと言えば、新聞ネタに過ぎません。雇い主は、仕事がちゃんとできる女の子を探しているのです。その女の子が、美人であろうとなかろうと、雇い主はほとんど気にもかけません。きちんとした身なりで、きちんとビジネス・ウーマンとして振る舞うことができれば、それで十分なのです。他所と同様、ここでは、能力こそが全てです。能力がある女の子、すなわち、自らが信頼に足る人物だと証明できる女の子だけが、ここでは必要とされますし、成功しうるのです。そして、能力はしばしば、個人の才能とその会社との「かけ算」として、現れてくるものなのです。

副社長となっていたマクレインと共に、常務取締役の一人として、レミントン・タイプライター社の経営に携わることになったオール女史ですが、レミントン・タイプライター社には、難題が山積みになっていました。

メアリー・オール(11)に続く)

筆者プロフィール

安岡 孝一 ( やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

https://srad.jp/~yasuoka/journalで、断続的に「日記」を更新中。

編集部から

近代文明の進歩に大きな影響を与えた工業製品であるタイプライター。その改良の歴史をひもとく連載です。毎週木曜日の掲載です。とりあげる人物が女性の場合、タイトルは「タイプライターに魅せられた女たち」となります。