タイプライターに魅せられた男たち・第142回

フランツ・クサファー・ワーグナー(9)

筆者:
2014年7月31日
「Underwood Typewriter No.1」

「Underwood Typewriter No.1」

1895年3月30日、ワーグナー親子は、ワーグナー・タイプライター社を設立しました。設立資金は全て、アンダーウッドが援助しました。そして、設立とほぼ同時にワーグナー・タイプライター社は、「Underwood Typewriter No.1」を発売しました。

「Underwood Typewriter No.1」は、41キー(うち3つがシフト、シフトロック、およびタブ)のフロントストライク式タイプライターで、各キーには2文字ずつが対応しており、大文字・小文字・数字・記号あわせて76種類の文字を打ち分けられます。通常は小文字や数字が印字されますが、最下段の左端にあるシフト・キーを押している間は、プラテンが持ち上がって大文字や記号が印字されます。また、最下段の右端にはシフトロック・キーがあり、シフト・キーを押したままの状態になります。

アルファベットと数字のキー配列は、「Remington Standard Type-Writer No.2」のキー配列を完全にコピーしていました。「Remington」からの移行を容易にすることで、「Remington」を使っているタイピストを取り込もうとする作戦だったのです。ただし、内部機構の違いを反映して、「Underwood Typewriter No.1」のタイプライター・リボンは、過去のどのタイプライターとも異なる形をしていました。キー配列は互換だったのに、タイプライター・リボンは互換ではなかったのです。

スペイン語キー配列(Ñを含む)の「Underwood Typewriter No.2」

スペイン語キー配列(Ñを含む)の「Underwood Typewriter No.2」

「Underwood Typewriter No.1」に加えて、ワーグナー・タイプライター社は、45キー(うち3つがシフト、シフトロック、およびタブ)の「Underwood Typewriter No.2」も発売しました。「Underwood Typewriter No.2」は、キー数を4つ増やすことで、英語以外にも対応しようとしたモデルでした。英語ならば、アルファベットはA~Zの26で済みますが、たとえばスペイン語にはÑが必要です。ドイツ語にはÄとÖと&Uumlと、できればßが必要です。これらの文字を収録するには、アクセント記号の重ね打ちを実装するか、キー数を増やすか、どちらかの方策が必要であり、「Underwood Typewriter No.2」は、キー数を増やすことで対応したのです。

「Underwood Typewriter No.1」と「Underwood Typewriter No.2」は、活字のついたアームが、プラテンの手前に挟まれた紙の前面を叩くやり方で印字するので、印字された結果がその都度、即座に確認できるようになっていました。ただ、プラテンの前面にアームが密集して配置されているために、近くに配置されたアームを高速に連続して打つと、アームが互いに引っかかって動作しなくなってしまう、という問題点がありました。いわゆるジャミングと呼ばれる現象です。しかし、それにもかかわらず、「Underwood Typewriter No.1」と「Underwood Typewriter No.2」は、発売から1900年までの5年間で1万台以上を売りました。ビジブル・タイプライターの時代がやってきたのです。

フランツ・クサファー・ワーグナー(10)に続く)

筆者プロフィール

安岡 孝一 ( やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

https://srad.jp/~yasuoka/journalで、断続的に「日記」を更新中。

編集部から

近代文明の進歩に大きな影響を与えた工業製品であるタイプライター。その改良の歴史をひもとく連載です。毎週木曜日の掲載です。とりあげる人物が女性の場合、タイトルは「タイプライターに魅せられた女たち」となります。