« 地域語の経済と社会 第331回 方言による特殊詐欺被害防止策 - 日本語社会 のぞきキャラくり 補遺第89回 意図万能主義について »

タイプライターからコンピュータへ:QWERTY配列の変遷100年間(1)

2015年 7月 2日 木曜日 筆者: 安岡 孝一

タイプライターに魅せられた男たち・特別編第1回

コンピュータのキーは、なぜこんな順序に並んでいるのでしょう。コンピュータのキー配列(いわゆるQWERTY配列)は、どのようなルールで決まっているのでしょう。コンピュータを使う人ならば、誰もが抱く疑問です。しかし、その疑問に対する答は、一言では説明できないものなのです。1870年代にミルウォーキーでショールズ(Christopher Latham Sholes)がタイプライターを実用化してから、1970年代に日本のコンピュータのキー配列が標準化されるまでに、実に100年もの歴史が流れているのです。キー配列に関わったたくさんの人たちが、それぞれに異なる理由で、それぞれ少しずつキー配列を変更してきたために、コンピュータのキー配列全体を説明できる一貫した答というのは、もはや存在しないのです。でも、それぞれのキーがどうしてそこに移動してきたのかについては、それぞれのキーごとに歴史を辿れば、それなりに説明がつくようになっています。100年間のキー配列の歴史を、駆け足で辿ってみることにしましょう。

1870年4月、ショールズは38キーのタイプライターを試作しました。アルファベット大文字26種類と、2~9の数字、ハイフン、ピリオド、疑問符、コンマが打てるタイプライターで、数字の1はIで、数字の0はOで、それぞれ代用することにしていました。この時点でのキー配列は、アルファベットの前半を左から右へ、後半を右から左へと並べ、そこからA、E、I、O、U、Yの母音を上段に取り出し、最上段に数字とハイフンを並べた、以下のようなキー配列だったと推測されます。

1870年4月時点のキー配列(推定)

1870年4月時点のキー配列(推定)

1870年9月、このタイプライターはハリントン(George Harrington)のもとに持ち込まれます。その時点でのキー配列は、Aを左端に、Tを上段の真ん中に、それぞれ移動したものだったと考えられます。Aは最初のアルファベットなので左端に、Tは最も頻度の高い子音なので目立つところに、それぞれ移動したと推定されます。この結果、Aに追い出されたBが、Tの跡地(Vの右)へと移動させられています。

1870年9月時点のキー配列(推定)

1870年9月時点のキー配列(推定)

ハリントンの要求に従って、1871年9月、ショールズは新たなタイプライターを完成させます。そのキー配列は、Iを8と7のそばに移動させたものだったと考えられます。Iは数字の1にも使うので、「1871」を簡単に打てるようにしたのでしょう。

1871年9月時点のキー配列(推定)

1871年9月時点のキー配列(推定)

その一方で、シカゴのポーター(Edward Payson Porter)が経営する電信学校に対しては、Wを上段に、SをZとEの間に移動するような変更がおこなわれました。Wの頻度はそう高くないのですが、Yと同様に半母音なので、上段に移動する必要があったのかもしれません。Sの移動は、当時のアメリカン・モールス符号においてZが「・・・ ・」であり、S「・・・」とE「・」が連続した場合と聞き分けにくかったことが、原因だと考えられます。すなわち「・・・ ・」を受信しても、それがZなのかSEなのか瞬時には判別がつかず、続く文字を受信してからZあるいはSEをすばやく打つために、SをZとEの間に移動したと推測されます。

ポーター電信学校でのキー配列(推定)

ポーター電信学校でのキー配列(推定)

QWERTY配列の変遷100年間(2)に続く)

【筆者プロフィール】

安岡孝一(やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

http://slashdot.jp/~yasuoka/journalで、断続的に「日記」を更新中。

編集部から

近代文明の進歩に大きな影響を与えた工業製品であるタイプライター。その改良の歴史をひもとく連載です。毎週木曜日の掲載です。

2015年 7月 2日