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広告の中のタイプライター(11):Sholes & Glidden Type-Writer

2017年 7月 13日 木曜日 筆者: 安岡 孝一

タイプライターに魅せられた男たち・補遺

『The Nation』1875年12月16日号

『The Nation』1875年12月16日号(写真はクリックで拡大)

「Sholes & Glidden Type-Writer」は、1874年にE・レミントン&サンズ社が製造を開始したタイプライターです。当初はデンスモア(James Densmore)が販売権を握っていましたが、すぐに立ち行かなくなり、1875年11月にはロック・ヨスト&ベイツ社(David Ross Locke, George Washington Newton Yost & James Hale Bates)に販売権が移っています。ロック・ヨスト&ベイツ社は、「Sholes & Glidden Type-Writer」の販売をテコ入れするため、あちこちの雑誌や新聞に広告を掲載しました。上に示した広告もその一つなのですが、発明者のショールズ(Christopher Latham Sholes)やグリデン(Carlos Glidden)に断りなく、広告のブランド名を「Type-Writer」に縮めてしまっています。というのも、この時点の「Sholes & Glidden Type-Writer」には、筐体のどこにも、ブランド名が記されていなかったのです。

「Sholes & Glidden Type-Writer」は、44キーのアップストライク式タイプライターです。外見は足踏み式のミシンに似ており、専用の台の上にマウントされていて、フットペダルがついています。フットペダルを踏み込むと、プラテンが右端に移動し、いわゆるキャリッジリターン動作をおこないます。キー配列は下図に示すとおりです。このキー配列は、最終的にはショールズが決定したものですが、決まるまでには、かなりの紆余曲折があったようです。

「Sholes & Glidden Type-Writer」のキー配列

「Sholes & Glidden Type-Writer」には、小文字は無く、大文字しか打つことができません。また、数字の「1」は大文字の「I」で、数字の「0」は大文字の「O」で、代用することになっていました。しかも打った文字は、その場では見ることができません。キーを押すと、対応する活字棒(type bar)が跳ね上がってきて、プラテンの下に置かれた紙の下側に印字がおこなわれます。プラテン下の印字面は、そのままの状態ではオペレータからは見えず、プラテンを持ち上げるか、あるいは数行分改行してから、やっと印字結果を見ることができるのです。

大文字しか印字できない「Sholes & Glidden Type-Writer」は、モールス符号の受信には使えるものの、一般的なビジネス分野への導入には無理がありました。もちろん、クリスマス・プレゼントとしても、かなり無理のあるものだったのですが、ロック・ヨスト&ベイツ社は、あえてそこからスタートしたようです。

【筆者プロフィール】

安岡孝一(やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

http://srad.jp/~yasuoka/journalで、断続的に「日記」を更新中。

2017年 7月 13日