漢字雑感 第13回 新字体と部首

2016年 4月 11日 月曜日 筆者: 岩淵匡

新字体と部首

 戦後、新字体が発表され、複雑な字体は、大幅に少なくなった。しかし、漢字辞書においては、その分、個々の漢字が所属する部首に工夫が必要となった。このため、従来ならば、どの辞書においても、個々の漢字が所属する部首は一定であったのが、辞書ごとに違いが生ずるようになった。

 それでも、最近は、落ち着き比較的まとまる傾向が出てきているように思われる。現行のいくつかの学習辞典では、ほぼ同様の部首設定となり、所属の漢字にも余り大きな変動は見られない。昭和30年代の学習辞典では、いくつかの部首が新たに設定されたのだが、現在では、整理統合されてきたように見える。たとえば、「ク」「マ」「リ」などをはじめ、いくつかの、独立した新部首があったのである。

 現在でも、たとえば、小学生用の漢字辞書のなかには、今なお、当時の痕跡とでもいえそうな処理が残っている。『三省堂 例解小学漢字辞典』(1999初版、2015第5版)には、「検索記号」としてそれらが見られる。たとえば、同辞典の、「ク」についての解説を見ると、「クの形からでも字が引けるように」ということから、「久・争・危・色・角・免・急・負・勉・亀・魚・象」の12字を挙げて、それぞれについての、正当な部首とページを示している。

 現行の「常用漢字表」(平成22年11月内閣告示)および「表外漢字字体表」(平成12年12月答申)、および文化庁の管轄ではないが、「戸籍法施行規則」に収められている、「別表第二 漢字の表」が、日常的に用いられている漢字とその字体表である。もちろん、昨今の、いわゆるパソコンの普及に伴い、その使用により印字される漢字が、常時見かける漢字の字体と言っても良い。新聞等では、上記の「常用漢字表」が表記の基準となるので、これ自体は特に取り上げる必要はない。これらの中には、簡略な字体(戦後、新字体と呼ばれてきたもの)が含まれる。「常用漢字表」に含まれる字体にも、この新字体が多く含まれている。

 戦後、「当用漢字表」以前には、中国の『康熙(コウキ)字典』が、日本における漢字や漢和辞典等の漢字辞典の標準でもあった。このころには、いまだ「新字体」と呼ばれる字体は、俗字体としての簡略な字体以外には見られなかった。このため、特に問題とすべき点もなかったと言って良いが、当用漢字などは、戦後の漢字表記の基準となるため、字典等にも『康熙字典』との相違が生じ、その対策上、新部首を決めたり、所属する部首を変更したりといった作業が必要になった。これが、現行の学習用漢字辞典類における、所属部首の不統一状態を生むことになった。それは従来の部首では処理できなくなったためである。

 「当用漢字字体表」の誕生後は、日本の漢字と中国のそれとは、別個に発達することになった。中国においても「簡化字」が誕生し、日本の「新字体」とは別個になった。戦前までは、『康熙字典』が何かにつけて、一つの基準となっていた。活字体などは、字典体と呼ばれる、『康熙字典』の字体に準じたものが使用されてきた。これが字体表の誕生により、新字体と呼ばれるものが生まれ、従来の漢字辞典では、所属する部首まで新規に定める必要が生じた。しかし、特に統一したものが生まれたわけではなく、辞書ごとにそれぞれの基準に従い処理したため、今日においても、新字体については、所属部首が辞書ごとに異なっているのである。なお、辞書ごとの扱いは、それぞれの辞書の、「この辞典の使い方」(三省堂 例解小学漢字辞典)、「この辞書の構成と使い方」(新明解現代漢和辞典)、「凡例」(多くの辞典類)などの項を参照されたい。

 

【筆者プロフィール】

岩淵匡(いわぶち・ただす)
国語学者。元早稲田大学大学院教授。

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約一年にわたり連載していました「漢字雑感」は、今回にて休載いたします。


漢字雑感 第12回 実用に供される漢字はどれくらいあるだろうか

2016年 3月 14日 月曜日 筆者: 岩淵匡

実用に供される漢字はどれくらいあるだろうか

 漢字はどれくらいあるのだろうか。かつて、諸橋轍次博士の『大漢和辞典』の版元、大修館書店が、同辞典の宣伝用のパンフレットを作成したときに、「ごまんとある」という言い方と、同辞典の収録漢字数約5万字とを引っかけて、漢字が「ごまんとある辞典」として宣伝をしたことがある。当時としては、『大漢和辞典』に収められた漢字数は、世界最多であった。日本における漢和辞典の収録漢字は、日本と中国の古典における使用漢字を主体としていた。

 その後、東京の紀伊國屋書店が、パソコン用に作成された、文字鏡研究会編の『今昔文字鏡 単漢字15万字版』(2006)を販売した。添付のマニュアルによると、JIS漢字(第一水準から第四水準の漢字)を含む、総漢字数174,975字が収められていた。これは、日本、中国、台湾、韓国、ベトナムの漢字のほかに、梵字、甲骨文字、西夏文字、水族(中国の少数民族)文字、篆書のほか、日本の、ひらがな、カタカナ、変体仮名、アラビア数字、その他各種記号類等を含んでいたのである。漢字に限定するなら、15万字余である。

 しかし、日本以外の国々や地域で使用されているものを含むのであるから、日本に限定するならば、はるかに少なくなる。せいぜい、『全訳漢辞海』(三省堂 2000初版、2011第3版:約12500字)、『新漢語林』(大修館書店 『漢語林』1987初版、1991改訂版、1994新版初版、2001新版第2版、『新漢語林』2004初版:約15000字)、『角川新字源』(角川書店 1968初版、1994改訂版:9920字)等々の小型辞典類に見られる漢字数で十分なのである。専門的使用ではなく、実用上は、『角川新字源』で十分、間に合う。

 したがって、日本において、個々人が使用している漢字数は、1万字もあれば十分過ぎるといってよい。国語辞典類が、一般の語彙とともに、およそ 2000字、常用漢字数にほぼ匹敵する個々の漢字を提示しているが、いわゆる漢文を読むのでなければ、これでも十分なのである。なお、江戸時代以降使用されてきた、漢字辞典の標準とでもいえる、中国の『康熙字典』では、安永本の場合、42719字収録されているという(文字鏡研究会監修『康熙字典 DVD-ROM 解説・マニュアル』紀伊國屋書店 2007)。

 一般に、日本では数が多いことが好まれるが、国語辞典や漢和辞典などで、多すぎることは、使いにくさを生じてしまい、決して便利ではない。やはり「適正」が最上なのである。しかし、最上というのはどのくらいかということになると、判断が難しいが、国立国語研究所において行われた、漢字調査(現代雑誌九十種の用語用字 第二分冊:漢字表 1963年:現代新聞の漢字 1976年、秀英出版)の結果によると、約3000字となっている。以前の常用漢字表の内の一つは、国立国語研究所の成果を利用したもので、優れた常用漢字表の一となっていた。

 

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漢字雑感 第11回 新字体と旧字体

2016年 2月 15日 月曜日 筆者: 岩淵匡

新字体と旧字体

 前回において、中国における簡化字の例を示した。日本語の場合で言えば、「漢」「書」「動」「楽」である。この4字のうち、日本語における、いわゆる新字体とかかわるものは、「漢」「楽」の2字で、「書」「動」の2字は、日本語では簡略な字体は示されなかった。新字体ではなく従来からのものである。

新字(左)と旧字(右)の例。上から「漢」「書」「動」「楽」
新字(左)と旧字(右)の例。
上から「漢」「書」「動」「楽」

 中国のものと比べると、かなり大きな違いが見られる。どちらかというと、日本のものは、元の字形が、ある程度分かるような形に定められていると言ってよい。ただし、日本において、一つの基準として用いられてきた、『康熙字典』に登録されている字体とは異なる場合が少なくない。ここに、戦前までの時代と異なり、『康熙字典』の重要性が低下したと言ってよい。

 ところで、日本における、現在の、いわゆる新字体は、「常用漢字表」(昭和56年10月1日内閣告示。平成22年11月30日に改定)および「表外漢字字体表」(平成12年12月8日国語審議会答申)とに提示されている。後者は、主として印刷用字体である。なお、字体については、「常用漢字表」および「表外漢字字体表」のそれぞれに字体についての解説が添えられているので、参照されたい。

 また、旧字体と呼ばれるものがあるが、これは、今日のいわゆる新字体に対するもので、上記の二つの表に、新字体に併記されている。戦前において、康熙字典体と呼ばれてきたものでもある。

 日常生活においては、新字体が用いられる訳であるから、旧字体については、特に重要というわけではないが、戦前までの社会においては、今日の旧字体が日常的に用いられてきたわけであるから、過去における文献等を読む際には、必要となる知識である。同時に、個々の漢字について、歴史的、系統的知識を必要とする場合には、新字体についての知識だけでは、不十分である。今日の文献のすべてが、新字体に書き改められたり、上記二表に含まれない漢字の使用が中止されない限り、戦前までの漢字は、人により、場合により必要になる。現代社会と無関係なのではなく、密接な関わりを持つ場合もないわけではない。たとえば、現在、国語施策は文化庁の管掌するところのものであるのに対して、「人名用漢字表」は、国語施策ではないため、法務省が管轄している。この表では、常用漢字表と人名用漢字表との漢字を使用することになっている。この結果、現在、人名に用いることの出来る漢字は2998字である(人名用漢字表に「巫」字が加わったために、2998字になった)。ちなみに、人名用漢字が定められた当初は、旧文部省管轄であった。それが後に法務省に移管された。

 

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漢字雑感 第10回 漢字字体の簡略化―いわゆる新字体―

2016年 1月 18日 月曜日 筆者: 岩淵匡

漢字字体の簡略化―いわゆる新字体―

 戦前においては、日本の漢字も中国の漢字も同一の形をしていた。このため、日本人は、中国で書かれた文章でも読むことが出来た。仮に中国語としての発音が出来なくとも、古くから行われてきた、漢文訓読という方法を用いることによって読めたのである。このことは現代においても同様である。従って、中国語を知らない筆者でも、常時、中国の字書類を使っている。

簡体字(左)と繁体字(右)の例。上から「漢」「書」「動」「楽」
簡体字(左)と繁体字(右)の例。
上から「漢」「書」「動」「楽」

 戦前における時代の、規範的な漢字の字体は、中国で作られた『康煕字典』(康煕55年〈1716〉完成)という字書であった。今日の日本でも、活字の中には「字典体」と呼ばれるものが残っているはずである。

 今日では、昭和24年(1949)に「当用漢字字体表」(同年4月28日内閣告示)が告示され、学校教育の現場を始め、新聞雑誌等で広く普及した。いわゆる「新字体」である。このため、中国語としての漢字の形とは隔たりができ、結果として、中国語で書かれたものが読めなくなっていった。しかし、ここには中国における漢字字形上の簡略化も行われたため、本来同一であった、日本の漢字と中国の漢字との隔たりが大きくなった。結果として、中国語で書かれた文章を簡単には読めなくなったのである。なお、中国でも、1949年以降、漢字の簡略化(中国では「漢字簡化」という)が行われた。

 中国においては、簡略化された漢字を「簡体字」といい、簡略化以前の漢字を「繁体字」という。日本では、一般に、新字体、旧字体という言い方をしている。なお、現行の常用漢字については、平成23年3月刊行の『常用漢字表 平成22年11月30日 内閣告示』のなかに、新字体・旧字体を併記してある。また、常用漢字の字体についての解説も付されている。このほか、旧文部省の時代から刊行されてきた、「国語シリーズ」の一冊として、林大氏による、『当用漢字体表の問題点』(国語シリーズ 国語問題編13)がある。

 中国の簡体字については、繁体字とともに具体例のいくつかを上に例示した。例示の繁体字(右)から、簡体字(左)の字形を考えてみてほしい。また、日本の新字体と比較してみてほしい。

 こうした、漢字の字形の簡略化は、漢字字書の上で一種の混乱を生じさせた。すなわち、『康煕字典』によって、一つの規範が示され、守られてきた、個々の漢字についての所属部首の問題がある。現行では、字書ごとに所属の部首が異なるということも少なくない。また、従来なかった新部首とでもいえるものも生まれた。たとえば、「新部首」と呼ばれるものは、従来からある部首に漢字検索の便を考え、新字体用を中心に新たに作られたものであるが、字書ごとの統一が図られているとは言いがたく、その形も数もまちまちである。なお、『康煕字典』には、214の部首が設けられている。戦前までの漢和辞典類では、これが標準的なものであった。なお、便宜上、いくつかの部首が加えられたものもあるが、基本はあくまでも、この214部首であった。

 

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漢字雑感 第9回 難読語としての熟字訓

2015年 12月 14日 月曜日 筆者: 岩淵匡

難読語としての熟字訓

 漢字一字一字に音と訓があるのが一般的である。しかし、前回述べたように日本製の漢字、すなわち国字には、訓のみがあり、音を持つものは例外的なものである。一方、二字以上の漢字の組み合わせに対して、一つの訓が与えられているものもある。こうした訓について熟字訓と呼ぶことがある。

『新明解現代漢和辞典』から「水」の項目
『新明解現代漢和辞典』から「水」の項目

 たとえば、実りの時期に、田んぼなどに立てられている、「案山子」は、アンサンシではなくて、カカシである。このような例も少なくない。漢字一字に対して、一語の日本語を与えて、それを訓と呼ぶ。また二字以上の漢字の組み合わせからなる単語に、日本語一語を対応させてあるものが、熟字訓なのである。言ってみれば、日本語の単語一語に対して、漢字二字以上が組み合わさった単語を対応させたものである。

 なお、この「熟字訓」という語は、三省堂の漢字辞典では使っておらず、『全訳 漢辞海 第三版』(三省堂2011;初版は2000)では、「難読語」としている。いわゆる「熟字訓」は、確かに難読語ではあるが、古くから使われてきた、一種の専門語でもあるので、国語辞典など以外に、一般に広く通用しているとは限らない。『漢辞海』はこうした事情を考慮した結果なのであろう。いくつか例をあげると、以下のようなものがある。

一昨日 おととい、おとつい
明日 あす
黄昏 たそがれ
九十九折り つづらおり
余波 なごり
巫山戯る ふざける
土筆 つくし
菖蒲 あやめ
蜻蛉 とんぼ
家鴨 あひる

 こうした熟字訓は、動植物名にも多く見られる。このため簡単には読めないという事態が多く生ずる。その場合は、やむをえないので、漢和辞典類で読みを確かめるか、難読語辞典類などを使って読みを確かめるほかない場合が少なくない。また、国語辞典類にも難読語の読みを確かめるための手引きがつけられている場合もあるので、漢和辞典や国語辞典を確かめてみることが肝要である。

 なお、三省堂から出版されている『新明解現代漢和辞典』『全訳 漢辞海』の場合には、見出しとなっている個々の漢字の項目内に「難読」という項を設けている。この項の中に、いわゆる熟字訓について併記してある。これらの表示等については、出版社ごとに異なっているので、手持ちの辞書の該当漢字項目内に「難読」項があるかどうか、またその中に、求める「難読語」のリストががあるか否か、またそこに求める語が挙げてあるかどうか、よく調べてみるとよい。

 『新明解現代漢和辞典』の場合の例を上に示しておく。

 

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漢字雑感 第8回 漢字の伝来と漢字の音・訓

2015年 11月 23日 月曜日 筆者: 岩淵匡

漢字の伝来と漢字の音・訓

 漢字は、言うまでもなく、中国の文字、言い換えれば、外国の文字である。現代ならば、ローマ字に相当する。本来の日本語の文字ではないので、日本語の表現には、必ずしもふさわしくない場合も起きる。それを克服して、漢字を日本語の文字として最大限に使いこなしてきた。しかし、問題もある。その一つが、漢字には音および訓が存在することであろう。

行
ギョウ 行政、行書(呉音)         
コウ  銀行、行程(漢音)         
アン  行脚(アンギャ)、行灯(アンドン)
    このアンは唐音。         

 音は、中国語としての発音を、日本語化したものである。さまざまな中国語音を日本語化すると、同音異義の語が増える。同じ事が、韓国語にも見られる。本来ある中国語のアクセントが、日本語化するために識別が困難になるのである。たとえば、キコウと発音する語が、『岩波国語辞典 第七版新版』に20語余もあげられている。おまけに、たとえば、「寄港」「寄航」、「帰港」「帰航」などのように意味のよく似た語もいくつも存在する。また、同じ「礼拝」という表記であっても、キリスト教などでは、レイハイと読み、仏教ではライハイと読む。「レイ」は、「礼」の比較的新しい時代に伝えられた、漢音といい、「ライ」は、かなり古い時代に伝えられた呉音と呼ばれるものである。

 記録によると、日本における、仏教の公伝は538年とされ、朝鮮半島に当時存在していた百済の国王、聖明王により、日本の朝廷に伝えられたという。この時、仏像と経論とが日本にもたらされた。同時に大量の漢字がもたらされたことになる。経論がどのようなものであったかは別として、大量に漢字がもたらされた結果、中国から見れば大変な遅れであったが、日本でも文字による時代が始まることになる。漢字の発音を日本語化するとともに、個々の漢字について、その字義、語義に当たるものを定着させねばならないことになる。これが訓と呼ばれるものになる。

 もちろん、日本における最古の漢字資料は、さらに古くまでさかのぼる。埼玉県行田市の稲荷山古墳から出土した、「稲荷山古墳鉄剣銘」は現存最古の漢字資料であり、471年のものとされる。字数は僅かではあるが、ここには、「獲加多支鹵大王」(ワカタケル大王)、「辛亥年七月中」といった文字が見られる。また熊本県の菊水町江田船山古墳出土の太刀の銘には、「獲□□□鹵大王」とある。実際にはこの二つの表記は同一であったのであろう。このワカタケル大王というのは、倭の武王、紀紀における雄略天皇に当たると推測されている。

 また、日本最古の歴史書である、『古事記』『日本書紀』には、百済からさまざまな漢字資料たるものの伝来について記載がある。また『論語』『千字文』などの名も見える。これらについては、岩波新書中の、大島正二著『漢字伝来』などに説明がある。いずれにしても、漢字で記されている、種々の書物が中国から朝鮮半島を経て伝えられているのである。同時に、外国の文字である、漢字を用いて日本語を記す方法などが考案され、後には日本最古の和歌集である『万葉集』なども編纂される。

 歴史書の表記は、漢文に準ずるものであるから、中国において行われたものに合わせて書くことができるが、和歌集となると、原則として、一字一音であるゆえ、漢字を用いて日本語の一音一音を写さなければならなかった。大変な苦労をしたことであろうと想像される。しかし中国人は、これよりも遙か以前に、古代インドの言語である、梵語(サンスクリット語)の発音を漢字を使って、表記した、「音訳」の経験を持つ。たとえば、広く知られている、仏像名などはその典型である。たとえば、「釈迦」「阿弥陀」「阿修羅」(サンスクリット語表記は略。)などである。従って、日本語の音を漢字で写すことも比較的容易であったろう。この時の漢字には、当時の中国語の発音が見られる。ここに記した事柄に関わる漢字の音は、古くから日本に伝わっていたと思われる、「呉音」と呼ばれるものである。この音は、中国の揚子江下流域地域の江南地方の発音と言われる。仏教伝来とともに朝鮮半島を経て、日本に伝えられた。

 呉音のほか、漢音、唐音と呼ばれるものもある。漢音は、唐の時代の長安付近の発音といわれる。また、唐音は、宋時代以降、清の時代頃までに伝えられた中国語音の総称でもある。鎌倉時代に中国に留学した僧が日本に伝えたとも言う。宋音と言うこともある。なお、唐とは国名の唐でもあるが、日本人が広く中国を指す語としても用いた。「から」「もろこし」などとも言う。これらは、漢字とともに、古くから伝えられた中国語音の日本語化音である。

 中国からの伝来の経路は、遣隋使・遣唐使による東シナ海経由があるが、島国である日本では、様々な経路により外国の文化・物産が伝えられた。台湾・沖縄(南西諸島)をへて鹿児島にいたる経路もある。ジャガイモ、サツマイモなどはその証である。

 また、朝鮮半島から対馬海峡を渡り、北九州や山陰地方の海岸などにも到達したようである。

 

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漢字雑感 第7回 漢字の音と訓

2015年 10月 12日 月曜日 筆者: 岩淵匡

漢字の音と訓

 漢字は、もともと中国語の単語を表しているものである。日本人の感覚からは、漢字が単語を表しているという考え方は理解しにくいかもしれない。日本語としてみれば、文字の一種と考えた方が理解しやすいからである。

 たとえば、「大きな花が咲く」の場合、「花」だけを見れば、漢字が単語を表しているように見える。しかし、「大きな」や「咲く」の場合、それぞれ一つの単語であるが、漢字「大」や「咲」だけをとると、単語の一部分を示しているように見える。「大花咲」では、日本語として成り立たない。

 日本語には活用する単語と活用しない単語がある。動詞・形容詞・形容動詞助動詞には、「歩」「冷たい」「静かだ」「(読ま)れる」などの下線部のように、活用とよばれる、語形が変化する部分がある。これに対して、名詞・代名詞・副詞・助詞などには、語形の一部が変化する、いわゆる活用がない。世界の言語には、中国語のように語の形を変えることのない言語と、日本語のように語の一部を変化させる言語とがある。このような言語を相互に対照させると、「步」と「歩く」、「大」と「おおきい(大きい)」のような関係になる。このため日本語では、漢字と仮名を組み合わせて単語を書き表す。名詞のように語形変化を伴わない語は、漢字だけで書くことも可能だが、語形が変化する語は、漢字と仮名を組み合わせて書く必要がある。

 漢字は語として考えれば、英語やフランス語などからの外来語と同じ性格を持っている。「本」には、中国語の発音を日本語として発音したときのものが付属する。ちょうど、英語の“book”にたいして「ブック」という日本語的に発音したものを付属させると、「本屋」は「ホンや」となる。たとえば、「駅の本屋」の場合は「エキノホンオク」であるが、書籍の小売店を考えれば、「駅のホンヤ」である。「オク」は、「屋」の中国語読みを日本語として発音したもので「音」と呼ばれ、書くときには、一般にカタカナによる。「屋」を「ヤ」と発音すれば、中国語の「屋」の訳語でもある、ヤを宛てたのである。これを「訓」と呼ぶ。なお、「本屋」は、今日、一般に、書店の意味で用いるが、一方、敷地内の中心となる建物、母屋を意味する「本屋」もある。これを、ともにホンヤと読む。同音異義語となるため、後者の意味でホンオクと読む場合もある。書店の意味のホンヤが広く通用している今日、一般的用語としては、同音異義語となる。このため両者を区別する必要もある。

 漢字は外国の文字であり外国語であったという点は大事な点である。

眼
ゲン  まなこ
ガン  め  

 音は、長い時間をかけて日本語に流れ込み、日本語化したものである。このため、日本語に入った時期における、中国語の発音を反映する結果ともなった。一つの漢字にいくつもの音が見られるのは、このためでもある。上記の「眼」におけるゲンとガンは伝来の時期の違いによって生じた音だと言っても良い。「大仏開眼」などの場合は、ダイブツカイゲンと読まれる。ゲンは、呉音と呼ばれ、仏教語などによく見られる読みである。一方、カイガンとよめば、漢音によって読んだものである。どちらも「開眼」と書くが、ガンと読むかゲンと読むかで意味が異なるのである。

 カイガン 目が見えるようにすること。
 カイゲン 仏教語。仏道の真理を悟ること。転じて、一般に芸道に悟りを開くこと。
  新たに作られた仏像・仏画に仏の魂を迎え入れ供養する儀式。

(『岩波国語辞典 第七版』2011)

 漢字には、一般に音と訓とがある。しかし、実際には、訓のみの漢字もあるのである。漢和辞書には、「国字」と表示されることが多いが、日本で作られた漢字である。たとえば、「辻(ツジ)」「躾(シツケ)」などが国字と呼ばれる。「働」も日本では国字と考えているが、中国では、中国で作られた文字だと考えている人もいるようだ。この字は、「辻」「躾」などとは異なり、「ドウ」という音も使われ、「動」に通じるからであろう。なお、『全訳 漢辞海 第三版』(三省堂2011;初版は2000)によると、中国で清末(19世紀末ごろ)に使用されたことがあるという。日本の『大漢和辞典』に匹敵する、中国における、『漢語大字典』には「働」字は見えない。

 

 なお、漢字の呉音、漢音、唐音など音の種類分けは、漢字伝来の時期に基づくものである。ここに日本における漢字の伝来と摂取の歴史を見ることができる。次回は、このことについて取り上げたい。また、中国語の訳語として訓については、それ以後に取り上げたい。

 

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漢字雑感 第6回 漢字辞典における総画索引

2015年 9月 14日 月曜日 筆者: 岩淵匡

漢字辞典における総画索引

 日本の漢字辞典には、部首索引、音訓索引、総画索引の三種が準備されているのが一般的である。たとえば、『新明解現代漢和辞典』(三省堂 2012初版)には、巻頭にこの三種が準備されている。横組みの印刷など、印刷の仕方によっては、後二者は巻末に置かれることもある。小文では、三省堂の、この辞典を例に説明してみることにする。この文章をお読み下さっている方々も、試みにお手元に、出版社はどこでも良いので、漢和辞典があれば、実際に経験してみてほしい。筆者は、手元の辞書の、訓索引と部首索引とを併用することが多い。部首は214種しかないので、まず探すと言うときには便利だからである。総画索引と音索引は極力避ける。これは、漢字辞典をできる限り、早くスピーディに使うためである。

龗(u9f97)
この字は、「雨」「龍」「罒」からなり、
音はレイ、龍部17画、総画数33画、龍、
神霊の意の漢字である。概して、
総画数の多い漢字ほど、部首を見つけやすい。

 総画索引は、個々の漢字の部首も読みもはっきりしない場合に用いられる。たとえば、「龗」などについてみれば、読みは不分明であっても、部首が「龍」であると見当づけることができれば、たいへん楽に、辞書の中でこの字にたどり着くことができる。ましてや、画数を数えて33画の該当箇所を「総画索引」の中から見つけ出し、辞書中の該当箇所にたどり着くといった方法をとることはまずないであろう。

 簡単な漢字でも部首の見当がつかない場合は、やむを得ず総画索引に頼ることになる。たとえば、「褒」などは、「衣」であることに気づけば、最初から部首索引に依るのである。しかし、「衣」であることに気づかない場合は、何回か、また、何通りかの検索方法を試みてしまうのである。この字は、「衣」が二つの部分に分解されているため、慣れない内は、「衣」であることに気づかず、探しあぐねてしまう場合もあるが、最上部の「なべぶた」に気づけば、比較的容易に「衣」にたどり着ける。もし、読みがホウであることが分かっていれば、さらに簡単であるが、この字の場合は、ホウの音を持つ。音訓索引には、ホウ音の漢字が150字以上ある。その中から探すのは、決して楽ではない。総画数を数えて該当の箇所を見ることを考えなければならない。ところが、索引には誤植のある場合もある。このためかなりの時間を要してしまう。そしてようようの思いで該当字にたどり着くのである。あるいは、この字の訓が「ほめる」であることが分かれば、さらに検索が楽になるのである。この字の場合、同訓の字は、10字程度である。この字の訓が「ほめる」であることを知れば、検索が、大変、楽になるのであるが、常にと言って良い程、音による検索をする人もいる。それでは、総画索引を使っているのと同じである。

 漢字辞典では、なるべく効率よく漢字検索を行わないと、漢字辞典を使う意欲が薄れてしまうこともなきにしもあらずである。このことは、訓による検索をしてみるとよく分かるであろう。それは該当する漢字が非常に少なくなるからである。そこで、総画索引を使うことを極力やめ、また、音索引を使うこともできる限り避けることが、効率よく漢字辞典を使う、手始めとなる。

 実は、部首索引を使っていても、同様のことはしばしば起きる。同じ部首の漢字で、画数が同じである漢字は意外に多い。その中から探すのは、やはり大変なのである。たとえば、部首が大変分かりやすいものの一つである、「さんずい」の字の内、総画数が11画の漢字は、60字程ある。此を総画索引で探すとなるとなかなか大変である。また辞典の該当画数の部分を見ても、本文11ページ程の分量があるのである。ともかく、辞典を見ても漢字を探せないと言うこともでてくるのである。これは、漢字検索に際しての、索引の選択が悪いからである。この場合の手っ取り早い解決法は、辞書に準備されているすべての索引を、何回となく試してみることである。こうすることによって、場合場合の索引選択についての、カンが生まれてきて、手早く検索することが可能となる。

 

【筆者プロフィール】

岩淵匡(いわぶち・ただす)
国語学者。元早稲田大学大学院教授。

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【編集部から】

辞典によって部首が違うのはなぜ? なりたちっていくつもあるの? 編集部にも漢字について日々多くのお問い合わせが寄せられます。
この連載では、漢字についての様々なことを専門家である岩淵匡先生が書き留めていきます。
読めばきっと、正しいか正しくないかという軸ではなく、漢字の接し方・考え方の軸が身につくはずです。
毎月第2月曜日の掲載を予定しております。


漢字雑感 第5回 漢字検索のための道具(2) 部首索引・音訓索引

2015年 8月 10日 月曜日 筆者: 岩淵匡

漢字検索のための道具(2) 部首索引・音訓索引

 漢和辞典は国語辞典とは異なり,漢字そのものを配列するためには,種々の方法をとらざるを得ない。声に出して読めない場合も少なからずある。こうした状況を避けるためには,漢字の読み(発音)を示す必要がある。これが漢和辞典における各種の検索法となって現れる。

 漢和辞典を開いたときに,まず目にするのが「部首索引」であろう。これは,学習用辞典の場合には,一般に表紙裏に印刷してある。「岬」「鳴」「進」などは,部首が比較的簡単にわかる。こうした漢字については,この索引を使って検索する。しかし,「奈」のような漢字の場合には,部首索引に「大」も「示」も見られる。また複雑な字形をしているものであればなおさらやっかいである。いわゆる教育用漢字(学年別配当表の漢字)の場合は,比較的字形が簡単であるのでわかりやすいが,それ以外の漢字の中には,部首を決めにくい場合も少なくない。そうなると,考えられる部首のすべてにわたって検索する必要に迫られることもある。

 たとえば,小型の漢和辞典の中で,総画数の特に多い漢字としてあげられているものの中から例を挙げてみよう。総画数29画の常用漢字のうち,書くことはなくとも目にすることはあるであろう,「鬱」をあげると,漢字の構成上,「木」「缶」「鬯」「彡」「冖」の5種類から成る漢字である。これらの5種類はいずれも部首としてあげられているものである。しかし,いずれに属しているかは,わかりにくい。結局どの部首で引くかが明確にならないことになる。しかし辞典中の所在をページ数で示し,また辞典によってはあわせて検字番号(漢字番号)を併記してあるものもある。現行の常用漢字であるから読めるのが前提になる。その場合,音「ウツ」を利用して,音訓索引により検索する。このとき,音ではなく訓を用いることができればさらに簡便である。もしこれが常用漢字ではない場合には,読めないことも当然あり得る。そこで総画索引が使われることになる。学習用漢和辞典によっては,総画索引において,部首に当たる部分に色をつけ,たとえば赤く色をつけたりする。

三省堂『新明解現代漢和辞典』音訓索引「キ」のページ
音訓索引「キ」のページ
(三省堂『新明解現代漢和辞典』より)
(クリックで拡大)

 漢和辞典の場合は,いくつかの索引を使い分けながら,該当字を探すことになるが,これが国語辞典であれば,周知の通り非常に簡単である。一般には,語をひらがな,語によってはカタカナで示し,アイウエオ順に示してあるからである。また辞典(研究社から復刻された『ローマ字で引く国語新辞典』など)によっては,アルファベットによりABC順に示してあるものもある。これらは,見出し語が,「かな」もしくはローマ字で示されているためである。日本語の漢字の場合には,国語辞典のようにはできない。漢和辞典に付されている,音訓索引を利用してみると理解できようが,同音の漢字が大変多いからである。もちろん,「キコウ」という語を仮名やローマ字で検索することになると大変である。しかし国語辞典ではさほど大変という印象は受けない。これは,キコウの語の後にそれぞれの語の漢字表記形が示されているからである。たとえば,「キコウ 機構」とか「キコウ 気候」とかといったようにである。ここに漢和辞典の音訓索引との違いが見られる。このキの場合,漢和辞典によっては一ページ以上にわたって漢字が並んでいるのである。この中から,求める漢字を探し出すことは容易ではない。そうした場合には,他の索引を使った方が手早く求める漢字を探し出せることも少なくない。それぞれの索引の特徴をつかんで使い分けることになれるのが肝要である。このとき,個々の漢字に漢字番号(検字番号)が付されていると,一層便利になる。該当漢字の,辞典における所在を知ることができても,本文に非常に多くの漢字が示されている場合には特にその索引の有用性を感じさせられる。たとえば,一ページに多くの漢字項目が示されている場合(たとえば,『新明解現代漢和辞典』p.1005,もしくは『角川新字源 改訂版』p.757)には,同部首,同画の漢字が配列されている場合も多い。こうした時には,番号が付与されていると,瞬時に求める漢字を見つけ出すことができるのである。(次回は総画索引)

 

【筆者プロフィール】

岩淵匡(いわぶち・ただす)
国語学者。元早稲田大学大学院教授。

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漢字雑感 第4回 漢字検索のための道具(1) 漢字番号索引

2015年 7月 13日 月曜日 筆者: 岩淵匡

漢字検索のための道具(1) 漢字番号索引

 漢字辞典を使う目的は,一体,何であろうか。通常,辞書類を使うといえば,国語辞典を思い浮かべる人が多いであろう。漢字辞典は,人によっては,特殊なものであろうが,人によっては,日常的に必要な場合もある。使われている漢字の一一について,よみ方や意味を知ることが不可欠である場合も少なくない。こういう場合には,国語辞典はあまり役に立たない。こうした際には,どのように漢字辞典を使えば良いのだろうか。

 そこでまず直面するのが,漢字の調べ方である。誰しもわかっていそうで,意外に,最も能率の悪い方法で辞書を使っている人も少なくない。それは,各辞典が準備している索引のうち,「総画索引」を使う方法である。

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『角川新字源 改訂版』では「総画索引」に
右にページ数、左に漢字番号が表示されている。
(株式会社KADOKAWA『角川新字源 改訂版』)

 一般的に,漢和辞典には,部首索引,総画索引,音訓索引が準備されており,一部の辞書には漢字番号索引も準備されている。これらのうち,最も効率の良い索引は漢字番号索引であるが,すでに記したように,現行の辞書では,角川書店から出版されている,『角川大字源』及び『角川新字源』,それに,大正年間に出版された,『大字典』が元祖である。現行版は,講談社から,かつて再刊された『大字典』と,新字体にも対応させた,同社の『新大字典』である。

 なお,漢字番号は辞書ごとに決められているので,全辞書に共通するわけではない。この番号が付されている場合は,音訓索引,総画索引における,各漢字の辞典中の所在はいずれも漢字番号が併記されているが,ページ数は必要ではなくなる。

 漢字番号を記載してある辞書としては,大修館が戦時中から刊行を始めた,『大漢和辞典』ほか,各種あるが,番号がついているというだけで,その便利さを体験できるものは,現在のところ,すでに記したように,『大字典』『新大字典』『角川新字源』『角川大字源』ぐらいである。図書館等でこれらの辞典を使い,漢字番号での漢字検索の便利さを確かめてみてほしい。

 

【筆者プロフィール】

岩淵匡(いわぶち・ただす)
国語学者。元早稲田大学大学院教授。

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