皆さんにお知らせです。この連載は今回を含めて5回の第350回までで少しお休みを戴くこととなりました。それで今回のテーマは「お休み」です。地域の中の『休憩』に関する方言拡張活用を2例取り上げます。
まず,岩手県九戸村(くのへむら)伊保内(いぼない)地区の,飲食店兼フリー休憩スペース「お休み処 んだ…なす」〔(お休み処)そうです(ね)〕です【写真1】。この地区を代表する方言による方言ネーミングです。前半の「んだ」は,東北弁によくある「そうだ」の意の方言です。後半の「なす」は,岩手県で文末に用いられて丁寧の意を表す方言です。元は「―なもし」だと言われています。岩手県内では,この変異形が実に豊富で,それだけで岩手県内のどの場所か分かるほどです。九戸村など内陸部では「―ナス」が多く聞かれます。沿岸部の宮古市では中心部で「―ナス」,市の南端の津軽石地区では「―ネース」,その隣の山田町では「―ナース」です。この3地点は南北約30kmの範囲に位置しています。文末のことばを聞いて出身地が分かります。「―ナムシ」(山田町船越地区や洋野町中野地区など)と元の形に近い語形が残っているところもあります。[注]
この例では,使われている方言の意味より,地元の方言であること,それ自体に重要な意味があることが分かります。方言が地域の人々を集める力の大きさがよく理解できます。このお店は個人営業の飲食店です。お客の中心は地域の皆さんです。時間帯によっては地元の岩手県立伊保内高校の生徒さんで席が埋まります。そういう高校生のなかには,進学や就職により村を離れる人もいます。でも,自分を育ててくれたふるさとを,方言を軸に一生忘れないでいてほしいものです。
もう一つは,岩手県宮古市の自動車用品販売店の駐車場にある休憩~喫煙スペース「おやすめんせ」〔休憩してください〕です【写真2】。語構成は,この連載の第1回「岩手の酒っこ ひゃっこぐしておあげんせ」で紹介した方言ネーミングのお酒「岩手の酒っこ ひゃっこくして おあげんせ」の「おあげんせ」,また,商店街のいすの方言メッセージ「おすわれんせ」と同じです。江戸時代に近畿地方で優勢だった敬語法[お+(動詞連用形)+ある]に,東北地方の方言で丁寧の意を表す「―す」の命令形「―せ」が付いた構成です。「おやすめんせ」のもとは「お+休み+ある+せ」です。この店舗は全国チェーンの支店ですが,お客は地域の人なので,地域の方言で親しみやすさを考えているものです。
今回の2例,お店に種々相違点があるものの,心と体を休めるためには,方言のなかでも優しく語りかけることばが適切だとの共通点を見出すことができます。読者の皆さん,この連載のお休みの間も,そういう方言の役割や力について考えていただけると幸いです。
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[注解]「―なもし」が元の方言の敬語は日本全体にあります。橘正一(昭和初期の岩手の方言研究者)が「ナモシの分布」(1930年『方言』五2)で整理しています。