知り合いがメールをくれました。トッポというお菓子に方言が載っているそうです。一体どんなお菓子でしょう。用もないのにコンビニに入って探しましたが、1回目は失敗。お菓子の名前を忘れました。次はメールを見直してメモしましたが、肝心のメモ用紙を持たずにコンビニに入ってまた失敗。3度目はメモ用紙を持って入りましたが、どれがトッポなのかが分かりません。店員に聞いて、棚の前まで連れて行ってもらって、やっと見つけました。
箱の裏をみると、方言が1県に1語ずつ書いてあります。暗算で47都道府県に定価を掛算して、全部は買えないと判断しました。面白そうなのを3個選んで、残りは写真に撮らせてもらおうと考えましたが、よく見ると種類は多くありません。12個です。しかも期間限定と書いてあります。今買わないと手に入らなくなるー! 「一語一円」の何倍かなどと計算している場合ではありません。思い切って「大人買い」をしました(数十万円の買い物のような大げさな決心が、お恥ずかしい)。
家に帰って、全部の写真を撮りました。中身はどうしましょう。毎日1個食べてもかなり日数がかかります。受講学生に配ることにしました。前週に記入してもらったアンケートのお礼です。
外箱の現物は、方言についての授業でも役立ちました。方言の経済的活用という点では全種類が実例になりますが、そのうちの1種類は理論的にも重要です。
その5、奈良県の「しるい」だけが他県の例と違います。みなさんは分かるでしょうか。読み取れないかもしれませんが、これだけは意味の説明が1対1の単語で置き換わっていません。「ぬかるんでいる、という意味」と書いてあります。用例もあって、「雨降ったからしるいなぁ~ = 雨が降ったからぬかるんでいるね」と書いてあります。舗装のない昔の道については、あれば便利な言い方です。方言辞典によると、「しるい」は関西で昔から使われていて、発音がちょっと変わった「じるい」「じゅるい」などが中部地方以西各地で使われます。
西日本では1語の形容詞で言い表しますが、東京で発達した標準語・共通語では、ぴったり対応することばがなくて、「ぬかるむ」という動詞を使って説明的に表現するしかありません。「しるい」は方言での特有の言い方なので、「特有語」と呼べます。雪についての細かい表現が雪国で発達しているのも、「特有語」です。また海沿いでは潮の流れや風について、細かい名がついていて、標準語・共通語には置き換えにくいのですが、これも「特有語」です。
実はその12の大分県「しんけん」は、この数十年のうちに大分県に広がった新方言で、これも重要です。でも仲間の日高さんの縄張りなので、今は立ち入らないことにします。
何でもない方言のリストでも、理論で説明しようとすると、役立つ例が拾えます。大人買いした効果はありました。
*「特有語」については、拙著『東北方言の変遷』に書いてありますが、高い本です。近所の図書館にあったら、幸運を喜んでください。
編集部から
皆さんもどこかで見たことがあるであろう、方言の書かれた湯のみ茶碗やのれんや手ぬぐい……。方言もあまり聞かれなくなってきた(と多くの方が思っている)昨今、それらは味のあるもの、懐かしいにおいがするものとして受け取られているのではないでしょうか。
方言みやげやグッズから見えてくる、「地域語の経済と社会」とは。方言研究の第一線でご活躍中の先生方によるリレー連載です。